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2025年10月23日 (木)

大川市の家具を全国で有名にしたのは河内諒さんの功績

    

今日は令和7年10月23日。

  

福岡県大川市のことをもう少し書きます。

なぜ大川市なんだ。

なぜ大川市が家具の町になったのか。

まだまだ解決していません。

そもそも大川市はいつ誕生したのでしょう。

室町時代に家具の生産地になるきっかけがありましたが、

その頃には大川市ではもちろんないですからね。

  

Wikipedia 大川市

ここで調べました。

  

「大川」という地名が登場したのは、明治22年(1889年)の

町制施行で「大川町」が生まれた時でした。

そして大川市が誕生したのが、昭和29年(1954年)。

思ったより大川市の誕生は古い。

私は子どもの頃、地理の百科事典を眺める変な癖があり、

1968年頃の全国の市はおおよそ頭に入っていました。

それなのに、「大川市」の覚えがなかったので、

もっと新しく生まれた市であると予想していました。

  

株式会社プロセス井口 【大川家具480年の歴史】なぜ大川の家具は世界最高水準なのか

このサイトにも大川市の家具生産の歴史が書かれています。

特に印象に残ったのが、戦後に登場した工業デザイナーの河内諒さん。

サイトから引用します。

 

大川には新たな革新をもたらす人物が現れます。河内諒という工業デ

ザイナーは大川家具の名を一躍日本に知らしめた「引き手なしタンス」

の発案者で知られており、瀟洒で洗練されたデザインと高度な職人芸

の組み合わせで誕生したこのタンスは日本にブームを巻き起こしまし

た。

  

「引き出なしタンス」

このタンスの写真がないか探しました。

大川市観光なび 大川家具

このサイトにありました。転載します。

Img_4670

これは親の世代のタンスも私の世代のタンスも

この引き出なしタンスでした。

だからこれが当たり前だと思っていましたが、

大川市の河内諒さんのアイデアだったのですね。

これがビックリ。

大川観光なびのサイトには次のように書いてありました。

引用します。

  

昭和30年、大阪で開かれた西日本物産展で河内諒デザインの「引き

手なし箪笥」が最高賞を受賞。デザイン性と技術の高さが評価され、

「家具の町大川」として全国的に知られるようになりました。

  

より詳しい河内諒さんのことが、このサイトに書かれていました。

大川のあゆみ

部分転載します。

  

Img_4671

Img_4672

  

大川家具を全国で有名にしたのは、

河内諒さんの功績が大きかったようです。

   

  

でも今の時代、苦しいのではないかな。

家の中にタンスがあるのが当たり前の時代ではなくなったと思います。

大川市が家具の大産地であり続けるのは大変だと思います。

でも、私が心配しなくても、すでに考えて、

動いておられると思います。

  

M家具さんが教えてくれた「ナガノインテリア」も

大川市のメーカーだと思っていましたが、

調べたら違いました。

「ナガノインテリア」については、また別の記事で書きます。

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