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2024年7月31日

2024年7月31日 (水)

夏休みの自由研究/セミはどっち方向におしっこを飛ばすか

   

今日は令和6年7月31日。

  

昨日の夕方、庭の草木に水やりをするのを頼まれて、

ホースを伸ばして準備をしている時でした。

ヤマボウシの木から、水が右から左にシャーッと飛びました。

なんで木から水が飛ぶんだろうと思って、

木をよく見たら、セミがとまっていました。

あのシャーッと飛んだ水は、このセミのおしっこなんだと思いました。

しかし、セミって、横におしっこを飛ばすのか?

セミのおしっこと言えば、飛び立つ時におしっこをするイメージです。

しかし、飛び立つ時だけでなく、

木にとまっている時も、おしっこをするんだ、それも横に飛ばす。

本当か?

 

調べることにしました。

「セミ」「おしっこ」「飛ばす」「左右」とかうちこんで検索。

でも、いい結果は得られませんでした。

それじゃあ、動画で調べようと思いました。

きっと、世の中には、セミのおしっこをする動画を

アップしている人がいるはず。

調べた結果、やっぱりいました。そして疑問も解決です。

 


YouTube: 鳴きながらおしっこするニイニイゼミ

この動画を見ると、セミがお尻の先を左に向けて、

シャーッとおしっこをするシーンがあります。

動画の前半で2回です。

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YouTube: セミにおしっこかけられました(^^;

このセミは、右に向かっておしっこを発射。

撮影者方向におしっこが飛びます。

直前に、お尻の先を、こちらに向けます。

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けっこう、量が出ているのがわかります。

  

 

もう1本。

大淀川学習館 セミのおしっこ

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真横におしっこをするのがわかる動画です。

  

なぜ横に向かっておしっこをするのでしょう。

羽根を濡らさないため?

この動画を見ると、そうなのかなと思います。

飛ぶ時はどうなんだろう?

今までのイメージは、下に向かっておしっこをしているものです。

このイラストのように。

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でも違うかもしれないぞ。

セミは左右におしっこをしているかも。

  

待てよ、セミが飛び立つ時におしっこをしている動画はないのかな?

探してみよう。

  

  

ありました!

素晴らしい映像が。


YouTube: 【JUS】セミが飛ぶ特殊映像・ウルトラスロー

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ありがたいウルトラスロー!よくわかります。

飛び立つ時には、下に向かっておしっこをしています。

イラスト通りでした。

やっぱり、羽根かな。

羽ばたく時に、おしっこを横に飛ばせば、

羽根が濡れてしまう可能性があります。

やはり、羽根におしっこがかからないようにしているのが、

セミのおしっこの方向の理由ではないでしょうか。

  

皆さんのご意見をください。

  

夏休みの自由研究が、毎日できちゃいます。

昨日は引き込み線。今日はセミのおしっこ。

引き込み線は、今日、実地見学をしてきたので、

研究を進められます。

今日はここに線路があったと思いながら、曲がった道を歩く

   

今日は令和6年7月31日。

   

昨日わかった引き込み線の話を書きていきたい。

1961年の地図は、「廃線の処女Ⅱ」に掲載されていました。

以前にも転載しましたが、もう一度ここに転載します。

Img_6785

この時には、航空写真に線路(富士紡績小坂井工場専用線)と

かつての住友金属工業豊橋製作所専用線の跡地が見られます。

それなら今はどうか。

Googleアースの航空写真で見てみました。

「廃線の処女Ⅱ」のしょうさんは、富士紡績小坂井工場専用線の

名残りはないと言っています。

そして住友金属工業豊橋製作所専用線の跡地を歩いています。

13年前。

今もあるのか?

  

嬉しいことに、ありました。

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Googleアースの航空写真と1961年の写真を並べ、

同じと思われるところに、赤い矢印を書いてみました。

住友金属工業豊橋製作所専用線の跡地付近を、

クローズアップします。

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カーブした道があるんですね。

中央の白い屋根の大きな工場はカゴメです。

カゴメの工場の西側はどうなっているのか不明ですが、

その手前の部分は、曲がった道があります。

しょうさんはここを歩いています。

現在もあるようです。

  

かつてここに線路があったと思いを馳せながら、

この曲がった道を歩く。

この喜びって、わかってくれる人は、わかってくれることでしょう。

今日の午前中に実行します。

昭和の初めに、桑畑の中に伊奈駅ができた

   

今日は令和6年7月31日。

  

私が住んでいる地域は、昔はどんなところだったのか。

豊川市防災センターにある機器を使って見てきた記事の続きです。

  

今度は大正時代との比較です。

Img_7248

青丸が踏切です。

明治時代には森が広がっていましたが、大正時代になると、

桑畑が広がっているのがわかります。

現在、この地域は住宅街があっちにもこっちにもありますが、

明治時代からこの時代も、赤い矢印のところにしか人家がありません。

近所なので、この場所がどこなのかわかります。

あそこがかつては栄えていた場所なんだと、

しみじみ思います。

  

 

続いて昭和初期です。

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青丸が踏切です。

相変わらず桑畑が広がっています。

愛知電気鉄道が敷かれ、昭和が始まってすぐぐらいに伊奈駅ができました。

人家があまりない場所に駅ができたんだなあと思いました。

この地図内で、唯一街になっている新屋敷地区の住民が、

利用しやすい位置でしょうね。

この頃の写真が残っているといいなあと思います。

  

今は地名は「新屋(あらや)」と呼んでいますが、

「新屋敷」と書いてなんと読んでいたのだろうと疑問に思いました。

  

  

昭和中期の地図で、気になる道があります。

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緑色で示した道です。

私の小学校の時の通学路の一部です。

そのころは「細道(ほそみち)」と読んでいました。

片側は富士紡績のコンクリートの塀があり、

もう片側は他の会社のフェンスが半分あり、

残り半分は森でした。

道は途中で1回坂がありました。

南に向かうときに、登りました。

有刺鉄線があり、私は小学生の頃に、なんかの弾みで

右腕が有志鉄線に刺さって、出血。

病院に連れて行かれて、縫われました。

その傷跡は、今も残っています。

 

今は「細道」の一部が「新道」となり、

様変わりしました。

我が町内会の地域であり、この「細道」の写真を

どなたかが持っていたらいいなと思っています。

古い世代がいなくなれば、歴史はその分、消えていきます。

細道について語っている私や、自分以上の人たちが

いなくなったら、「細道」は消えてしまう可能性があります。

子どもの時から住んでいた身として、

この地域の歴史を残しておきたいと思います。

それができるのが、電子回覧板です。

町内会地区の歴史を知るための電子回覧板の利用。

絶対に面白いと思っています。

最近の写真

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