本「恰好いい老い方、みっともない老い方」④ べったり一緒にいない
今日は令和6年4月13日。
前記事に引き続き、
「恰好のいい老い方、みっともない老い方」
(川北義則著/PHP研究所)より、
引用していきます。
東日本大震災が起きる前の二〇一〇年のデータで比べてみると、日本
人男性の平均寿命約八〇歳 (七九・六四歳)であるのに対し、健康寿命
は一〇年下がって七〇・四二歳。女性は、平均寿命約八六歳 (八六・
三九歳)で、健康寿命は約七四歳 (七三・六二歳)である。つまり、男
性で約一〇年、女性では約一二年もの間、なんらかの介護を必要とし
ている高齢者が多いということだ。
見方を変えると、おそらく七〇歳前後に、その人の健康寿命を決定づ
けるなんらかの山場があるのではないか。 寝たきりになってしまう人
の多くが、その頃に介護を必要とする病気に罹るのだろう。一方で、
健康に過ごせた人は、八〇代になってもかくしゃくとしている。私の
周囲を見回しても、そんな傾向があるように思う。
このように、無事に山場を乗り越え、自分の健康寿命を平均寿命まで
持っていけた人は幸せだ。男性なら八〇歳、女性なら八六歳まで介護
を必要とせずに過ごせたら、充分に人生をまっとうしたと言える。
それにもかかわらず、「まだお金がいる」と考えて、やりたいことも
我慢するなどバカげている。とにかく平均寿命まで生きたのだ。充分
ではないか。あとはお金を使って好き勝手なことをすればいい、
日本人の平均貯蓄額は、六〇代以降が突出して多い。 二〇一四年の総
務省家計調査によれば、二〇代以下は二六八万円、三〇代でも六一〇
万円に留まっている。ところが、六〇代は二四八四万円、七〇代以上
も二四五二万円の貯蓄がある。ともに二〇〇〇万円以上の貯蓄がある。
これはあくまで平均だから、もちろん五〇〇〇万円、あるいは一億円
以上も持っている高齢者もいるということだ。
そんなに貯め込んでどうするのか。 自分の年齢が平均寿命に達したな
ら、お金は徹底的に使う方向に徹してはどうか。
(166〜167p)
「まだお金がいる」とやりたいことを我慢する高齢者には
ならないようにしたいですね。
私は、高齢者の一番の責務は、「人生とは、それなりに楽しいものだ」
「年をとることは、決して絶望的なことではない」ということを、次の
世代に向けて発信することにあるのではないかと思う。 「下流老人」
などという言葉に脅え、使えるお金も使わず、グチばかり言っていたの
では誰も喜ばない。
(178p)
山登りすると、高齢の方に多く出会います。
あの年までは登りたいと思います。
高齢者の行為が、励みになるんですよね。
歩くペースは遅くとも、山を楽しんでいる姿は、うらやましいです。
「結婚は、デザートより前菜が美味しいコース料理である」と言った
のは、オーマリーである。
若い頃はどれほど燃え上がった男女でも、夫婦として長い年月を過ご
すうちに恋愛感情は薄れていく。定年退職する年齢になれば、結婚し
て三〇年くらい経過していることが普通だろう。ケンカはしなくても、
お互いに「うんざり」という部分がないと言ったら嘘になる。すべて
がマンネリになっているのだ。
それでも、どちらかがあの世に行くまでは一緒にいるのだから、お互
いが少しでも快適に過ごせるような工夫が必要だ。
その工夫とは、いつも「べったり一緒にいない」ということに尽きる。
(186p)
いつも「べったり一緒にいない」はふだんの体験で感じます。
適度な距離感が長続きするんだろうなと思います。
どっちが先に死ぬかわかりません、
おそらく自分が先だと思うけど、
「添い遂げる」は魅力的な言葉だと思うし、
成し遂げたいことです。少なくとも私は。
今晩は、これで寝ます。
明日は奥さんと登山。
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