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2022年5月14日

2022年5月14日 (土)

14年後の中村蒼さん

   

今日は令和4年5月14日。

  

映画「ひゃくはち」(2008年)を2カ月前に観ました。

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その時に思ったことを実行しました。

※ここでも道草 番画〈744〉〈745〉:フィッシャーズが猫カフェでドミノ 映画「ひゃくはち」を再び(2022年3月12日投稿)

☝ この記事で次のように書いています。

 

〇俳優陣が気になった。

 W主演の斎藤嘉樹さん、中村蒼さんが

 今、どんな活躍をされているのか。

 4月以降で、中村蒼さんの主演ドラマがNHKであるようだ。

 現在の顔を見てみたい。

  

中村蒼さんの出ているドラマを無事録画して、

見ることができました。

それは昨日5月13日放映の「ドラマ×マンガ センゴク

~大失敗したリーダーの大逆転~」でした。

ジャジャーン、映画から14年後の中村蒼さんです。☟

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中村蒼さん、元気でした。

ヒゲを伸ばせば濃そうな風貌になっていました。

大人でした。

でも喋り方とかは変っていないように思えました。

これからも気にしていきたい俳優さんです。

中村蒼さんのブログに行ってみました。

ドラマのことを書いた記事に飛びます。

※中村蒼オフィシャルブログ 本日放送(5月13日)

蒼は「あおい」と読むことを初めて知りました。

「そう」と勝手に決めて読んでいました。

中村蒼さんのブログの写真です。

 

映画「武器よさらば」(1957年)を観た

        

今日は令和4年5月14日。

   

1957年の映画「武器よさらば」を見ました。

5月10日にテレビ放映されていたものです。

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65年前の映画です。

主人公の2人のいちゃつく様子を微笑ましく見させてもらった感じ。

恋愛ってそういうものだよな。

周りが見えなくなって、行動的になるものだよなと思いました。

見終わった後は、反戦映画ではなくて、恋愛映画でした。

ただ、戦地に向かうためアルプスを登る兵隊たちの人数は

かなりの数でした。

現在ならCGで表現しそうですが、当時は人海戦術でしょう。

その人の列を見るだけでも価値がある映画だと思いました。

その部分は、戦争スペクタル映画でした。

 

ロック・ハドソンは、1985年に亡くなっています。

著名人として世界で初めてAIDS患者と公言した人。

何となく覚えています。

当時騒がれたと思います。

享年59歳。今からだと若かったんだと思います。

 

ジェニファー・ジョーンズは、2009年に亡くなっています。

享年90歳。長生きされました。

映画「タワーリング・インフェルノ」に出演していました。

見ているぞ、きっと。

  

  

65年経っても2人は映像の中で生き生きとしています。

私が35年生き延びて、この映画を観たら、

100年ですよ。

映画はこの永遠さがいいんだよなあ。

  

「太陽の棘」②/私たちには、アートがあった

  

今日は令和4年5月14日。

  

前記事に引き続き、

「太陽の棘(とげ)」(原田マハ著/文藝春秋)

より引用します。

  

アメリカ人と沖縄人、勝者と敗者、持つものと持たざるもの、支配

するものとされるもの。私たちを分け隔てるものはたくさんあった。

けれど、私たちには、それらのいかなる現実よりもはるかに強い、

たったひとつの共通するものがあった。

美術。私たちには、アートがあった。私たちは、アートをこよなく

愛していた。

たとえ英語が話せなくとも、日本語がわからなくとも、私たちには

アートを見る目と心があった。

それは、一編のうつくしい詩に代わるもの。耳に心地よい歌に代わ

るもの。一杯の芳醇なワインに代わるものだった。

(84p)

   

歌は国境を超えるとか言われますが、

この小説では美術(アート)がその役目をしていました。

  

  

「沖縄は日本じゃないと、いつだったか、ウィルに意地の悪いこと

を言われたけど・・・・僕は、そうは思わない。ここは、やっぱり

日本なんだと思うよ。そりゃあ確かに、サムライもゲイシャもいな

いしフジヤマもないさ。でも・・・・ここ日本の、いちばん特別な

場所だ。そうに決まっている」

学生時代から日本という不思議の国に憧れてきたアランは、いまで

は沖縄固有の伝統文化に傾倒し、いずれ本格的に研究したいと考え

るようになっていた。

アランがそうまで深く沖縄に思いを寄せるようになったのは、もち

ろん、ニシムイの芸術家たちとの交流があってのことだった。

(156p)

  

彼らは、ニシムイ村の人たちと交流することで、

戦後の沖縄の、いや戦後の日本のたくましさに触れたのだと思います。

  

  

「なんだかんだ言って、おれは、あいつが羨ましいのかもしれない」

独り言のような口調で、タイラが言った。

「おれには妻もいる。小さな娘もいる。どうしたって、売り絵を描

かなきゃならない。自分の描きたいものは、後回しにせざるを得な

い。・・・・だけど、ヒガは、ほんとうに自分が描きたいものしか

描かないんだ。それが、あいつにとって、たったひとつの生きてい

く理由だから」

生きるために、描く。

それは、ヒガの思いであり、タイラの決意でもあった。私は今さら

ながら、ニシムイの画家たちの絵が、なぜこんなに私の心をとらえ

て離さないのか、わかった気がした。

(179p)

   

ヒガが変わっていくのが、この小説の大事なところです。

これから読む人は、ヒガに注目してみてください。

  

   

以上で引用は終了。

人に勧めたくなる本でした。

  

さあ、今日はテストづくりを頑張るぞ。

  

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