« 2021年9月4日 | メイン | 2021年9月6日 »

2021年9月5日

2021年9月 5日 (日)

十三回忌/番画〈392〉:工業を教えるのに工場見学動画/番画〈393〉:千葉真一さん追悼映画/俳優ホルスト・ブッフホルツ

       

今日は令和3年9月5日。

   

本当は昨年やるはずだったのですが、

コロナ禍でうっかりしていたか、

母親の十三回忌を今日行いました。

母親が亡くなって13年になります。

母親が早く亡くなったので、

父親に「90歳までは生きにゃね」と当時言ってましたが、

何と8月31日でその90歳にたどり着きました。

こうなったら100歳まで。

     

  

社会科で工業を教えます。

工場見学で動画を検索すると、「THE MAKING」という番組が

たくさん出てきました。

Wikipediaによると、次のように書いてありました。

  

主に身の回りにある様々な製品の製造やリサイクルの工程をメーカ

ーの工場などへの取材を通して、映像とテロップとBGM、そして製

造中の音声のみで紹介する約15分の番組である。

  

いい番組だと思いました。

ただ支援学級で見せるには少々難解で、15分は長すぎます。

教師の教材研究ではいいかな。

いろいろな工場見学の動画を見てみたけど、

授業で見せるのはこの1本にします。

それだけ番画扱い。

カルビーのポテトチップスができるまでの動画です。

  

〈392〉

工場見学 THE MOVIE
YouTube: 工場見学 THE MOVIE

  

   

  

千葉真一さんが亡くなりました。

千葉真一さんのアクションを子どものころからよく見ていました。

追悼番組で映画が放映されていたので、見ました。

 

〈393〉映画「エイセス/大空の誓い」(1992年アメリカ)

  (2021年8月29日放映)

  

〇飛行機野郎を千葉さんが演じていました。

 もうこの世にいないのですね。

724a4b535eb095b6bd85085d6fea BSテレビ東京

〇ドイツの飛行機野郎を演じていた俳優ホルスト・ブッフホルツに

 覚えがありました。(写真の右端)

 思い出しました。1997年の映画「ライフ・イズ・ビューティフル」で

 なぞなぞ好きの医師を演じていました。よかった。

 調べていて映画「荒野の七人」(1960年)の7人で

 最も若いチコ役をやっていることを知りました。

 あらためて「荒野の七人」も見てみたいです。

 みんな格好がよかった。

  

一つの記事にいろいろ詰め込みました。

またタイトルが長くなります。 

 

「永遠に許されざる者」③ 自衛隊の特殊部隊が行ったこと

    

今日は令和3年9月5日。

   

前記事に引き続き

「永遠に許されざる者」(小田周二著/文芸社)

より特に印象に残った文章を引用します。

   

  

日航機には4つのエンジンがついていました。

墜落地点には第1、第2、第3エンジンがありましたが、

不思議なことに第4エンジンはありませんでした。

第4エンジンは、墜落地点から離れた場所に、

その残骸を散りばめた状態で発見されました。

墜落前に脱落したと考えられます。

   

もう一つ注目されるのは、事故機が飛んで行った後から「流れ星の

ようなものが飛んで行った」という証言である。飛行機の後を追い

かけるようにして飛ぶ「流れ星」。これは、ミサイルの軌跡と考え

られる。このミサイル(100kg、速度マッハ2~5)が右第4エン

ジンを直撃したと考えれば、(生存者の)落合由美氏が感じた「も

のすごい」横揺れという事象と完全一致する。

このように考えるのは、単なる著者の空想によるものではない。12

3便の墜落に関して「ミサイル」という言葉を最初に発したのは、当

の123便を運航する日本航空の最高幹部の一人なのだ。(中略)

1985年8月12日、日航123便が墜落した夜の10時頃、乗客の家族た

ちに墜落事故の状況を詰問された老役員・町田直副社長は、日本航

空の立場を擁護するべく、123便の墜落について同社がいち早く知

らされていた真実を口走った。

「日航機は北朝鮮のミサイルで撃ち落とされたんや。今はそれしか

分からん」

墜落場所も特定されていない緊迫した状況で、機影の消えた旅客機

に乗る肉親の安否を気遣う家族らに取り囲まれ、冗談を口にする運

航会社の役員などはいない。この役員の発言が、日航には墜落につ

いての責任がないことを明らかにして自社を擁護したい一心で、知

り得た事実、情報を語ったものであることは間違いない。これはそ

の場に居合わせた多くの遺族が聞いた発言であり、今も鮮明に記憶

している言葉である。

(89p)  

  

つい出た言葉に真実があることもあると思います。

町田直副社長が、事前に誰から聞いたことなのか。

火のないところに煙は立たない。何かあったのでしょう。

  

  

(上野村の)村民は墜落場所が上野村であると特定してNHKなどに

通報したが、なぜかTVやラジオは「長野県御座山」という場所を墜

落場所として放送し続けていた。中でもNHKは驚くべきことに墜落

翌日の13日朝の4時まで、「御座山だ」と放送していたのである。

NHKも墜落場所の特定を遅らせて隠蔽に協力していたことをうかが

わせる。

(104p) 

  

NHKを信頼している私としては、にわかに信じられないことです。

しかし、NHKは今年の番組でも「隔壁破壊」説に乗っとった番組を

流していました。揺らぎます。

  

  

一連の事件の隠蔽のための生存者の殺戮を企図し、自衛隊は極秘の

うちに特殊部隊を墜落場所に派遣している。

この極秘命令を受けた特殊部隊の殺害行動を一般市民、とりわけ地

元住民に目撃されないために、現場への立ち入りを禁じる必要があ

った。

早々に上野村に送り込まれた自衛隊の先遣部隊や群馬県警は上野村

住民の墜落場所への登山を禁止したのは、特殊部隊に約6時間の猶

予を与えるためだった。(123便の墜落は12日18時56分であったが、

捜索・救助のための入山は13日午前5時まで足止めされた)

(105p)

   

「危険だから」という理由で、地元住民の入山は禁止され、

自衛隊も群馬県警も動きませんでした。

一刻も早く現場に駆けつけなければならない状況であったのに。

  

  

そして特殊部隊がやったことが、

生き残った人たちの殺戮でした。

航空機燃料によって燃えていたところには、

火炎放射器で「二度焼き」をしました。

燃えていないところでは、毒ガスを使っての殺害でした。

  

本当だろうか。

読んだ限りでは、状況証拠がそろっていて、

本当にあったことだと思えます。

  

真相は明らかにすべきだと思います。   

  

「永遠に許されざる者」② 標的機が垂直尾翼を破壊した

    

今日は令和3年9月5日。

   

前記事に引き続き

「永遠に許されざる者」(小田周二著/文芸社)

より特に印象に残った文章を引用します。

   

垂直尾翼を壊滅的に破壊するには、飛行物体は相当に高速(例えば、

マッハ2~5程度)で、重量も1000kg(1トン)程度が必要である。

123便の飛行空域にそのような飛行物体が飛来し、垂直尾翼に衝突

することなどあり得るのだろうか。

この衝突が何であったのかを期せずして告白・証言した人物がいる。

当時の航空自衛隊百里基地司令官である。

航空自衛隊百里基地の稲吉司令官は、戦時中の軍隊で同期だった友

人(岩田祐次郎氏、青島海軍航空隊吉津会会員)に電話でこう語っ

ている。

「えらいことをした。標的機を民間機(日航機)に当ててしまった。

今、百里基地から偵察機(F4E改造機)2機(式地豊二尉ほか)に追

尾させているところだ」

同司令官は「事故だ」との感覚で気楽に友人に話したのだろう。

(39p)

   

この証言が真実なら、その後の出来事も真実になっていくと思います。

重大な証言だと思います。

   

標的機がどのようなものかも、この本には説明がありました。

  

(戦闘機の)命中精度を高める実践的な訓練のために採用されるのが

「無人曳航(えいこう)標的機」である。無人標的機は遠隔誘導、操

縦される先端部のロケットに似た形状の機体部分と、その後尾に付く

長い曳航索(ワイヤー)、と曳航索先端に取り付けられた標的すなわ

ち「吹き流し」部からなる。(中略)

この標的機は、金属のワイヤーの曳航索で標的である「吹き流し」部

を引っ張る。曳航索は通常3000mもの長さになると言われる。それは

機体と標的(吹き流し)の距離をあけることにより、重要な機体部分

の誤射を防ぐという配慮である。

(47p)

    

著者の小田さんは、日航機に標的機が衝突して垂直尾翼を破壊し、

吹き流しが日航機の胴体に貼りついたと推測しています。

  

特に2014年8月12日に放映されたフジテレビの特別番組では、「日航

123便は横田基地への着陸を目指したが、その前面に『風』と『雷雲』

が立ち塞がり、123便はその飛行方向を急遽変えて、西方向に飛行し

た」と説明している。

この「風」と「雷雲」という障害物は比喩であり、暗に123便が抗(あ

らが)いようのない妨害行為に直面したことを示唆する表現である。

(61p)

   

横田基地から着陸許可は下りていたにも関わらず、

自衛隊は、吹き流しを貼りつけたまま着陸することを良しとせず、

着陸禁止命令を出したと著者の小田さんは考えています。

  

123便の飛行ルート図を見ると、

確かに横田基地を目指していることがよくわかります。

今まで123便は操縦不能に陥って、さまよっていたイメージでしたが、

青山透子さんの著書からも、そしてこの本からも、

123便は操縦ができていて最善のコースを飛んでいたと感じます。

フジテレビもその説で番組を発表していたのですね。

   

横田基地に着陸できないと諦めた機長が、

次に目指したのは、群馬県の広大なレタス畑だったと

著者の小田さんは考えています。

  

  

つづく

  

  

  

最近の写真

  • Img_9636
  • Img_9635
  • Img_9634
  • Img_9633
  • Img_9632
  • Img_9631
  • Img_9630
  • Img_9629
  • Img_9628
  • Img_9627
  • Img_9626
  • Img_9624

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉