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2021年7月22日

2021年7月22日 (木)

「万波を翔る」横浜鎖港

    

今日は令和3年7月22日。

    

5月16日に放映された大河ドラマ「青天を衝け 14」

私は録画して残していなかったです。

残念です。

今読んでいる本が関係します。

万波を翔るばんぱをかける)」

(木内昇著/日本経済出版社)

   

この本の中で「横浜鎖港」が出てきました。

朝廷が攘夷を行うように言ってきている。

幕府としては攘夷は無理だと考え、

開国に舵を切りたいと思っている。

幕府の役人たちも、

開国に向けていろいろな国と交渉している。

横浜に港を作り、街を作って、開港をした。

それでも朝廷には逆らえない幕府。

「横浜鎖港」を提案して、時間稼ぎをしたいという魂胆。

   

そんな魂胆に反対しているのが、

幕府の役人の一人である小説の主人公の田辺太一。

 

「兵庫、新潟の開港を先延ばしにしていることも、すでに開いた港を

一時期閉じることも、条約を違えておることに変わらぬ。同じことじ

ゃ」(341p)

という同僚の意見に、田辺太一は言い返しています。

「おどけちゃいけねぇよ。まるきり違わぁ。公儀が横浜に開港場を置

いたわけをおめぇは知っているか。え?あすこは閉じちゃいけねぇ港

なのだ」

かつて岩瀬忠震(ただなり)が、あえて江戸近くに開港場を持ってき

た理由を、太一は未だ胸に留めている。各地の物品が江戸に一旦集ま

る仕組みを作る、天下の台所を大坂から江戸に移す、冥加金を取り立

て幕府の財政を潤すーーーつまりは国はどう治めるかを、長い目で見

据えた上の策なのだ。

「いいか。もはや攘夷は無理だ、いや、無益だってぇことを、今は天

朝に解していただくときなのだ。一旦鎖港することでお茶を濁してい

る場合じゃあねぇのだ」

(341p)

   

幕府のおおかたの意見である「横浜鎖港」に

気持ちよく反対する田辺太一がすごいと思いました。

   

その「横浜鎖港」のことを「青天を衝け 14」でやっていたのです。

よくわからなかったです。

でも今回で興味を持ちました。

大河ドラマでどう描かれていたのか、今一度見たくなったのです。

   

気ままに江戸♪  散歩・味・読書の記録 慶喜、横浜鎖港問題で苦慮する(「青天を衝け」74)

再び番組を見ることはできませんが、☝この記事で様子はわかりました。

薩摩藩の唱える開国論に、幕府が従いたくなかった面もあったのですね。

  

    

555pの大作小説。

366pまで読み進めました。

この4連休中には読破できる予定です。

番画〈323〉〈325〉:サロマ湖の砂州にある2つの切れ目

   

今日は令和3年7月22日。

   

番画です。

   

〈323〉「ニュース地球まるわかり」

  (2021年7月18日放映)

 

〇特集:宇宙旅行時代幕開け

〇地球ノート:狙われるジャーナリスト(アフガニスタン)

〇旅する世界:ハワイ

  

   

〈324〉大河ドラマ「青天を衝け 23 篤太夫と最後の将軍」

  (2021年7月18日放映)

  

  

〈325〉「ブラタモリ サロマ湖」

  (2020年11月7日放映)

  

〇サロマ湖とオホーツク海までも見渡せる展望台から番組スタート。

〇サロマ湖は日本で3番目に大きな湖。

〇タモリが歌い始めを覚えていたサロマ湖の歌。

 「サロマ湖の歌」(1954年)

 詞:中山正男

 曲:小関裕而

 歌:伊藤久男

〇日本一の長さの砂州 25km

 砂州とは?

 沿岸流や波によって土砂が運ばれ、海岸などにできる細長く伸びた地形。

〇ホタテ貝の漁獲量 北海道 全国の8割。

〇サロマ湖の半分以上がホタテの養殖場。8億個のホタテ。

 サロマ湖では生まれて1年以内のホタテ貝を育てている。

〇ホタテ貝は泳ぐことができる。

 なぜ?①ヒトデのような天敵から逃げるため

    ②密を避けるため。

〇サロマ湖は汽水湖 海水と淡水が混じった湖

 サロマ湖の塩分はオホーツク海に匹敵する。

 砂州の2か所の切れ目から塩分が入る。

 大きな流れ込む川がない。

 砂州が防波堤になって、小さなホタテ貝を育てるには良い漁場。

〇サロマ湖で育てたホタテ貝は、1年経つとオホーツク海に放流する。

 大きくなり密になるのを防ぐため。

 オホーツク海の海底は、細かすぎず粗すぎない土砂。

 細かすぎるとホタテ貝が飲み込んでしまう。

 粗すぎると、ホタテ貝がもぐりこめない。

〇オホーツク海は「ホタテの畑」と呼ばれる。

 

〇サロマ湖の砂州は、昔は街道として利用されていた。

 サロマ湖の砂州の唯一の切れ目は、かつては湖の北東の端にあった。

 サロマ湖の東の漁村は、オホーツク海にも出れたし、

 サロマ湖でも漁ができた。

 サロマ湖の西にあった漁村は、

 サロマ湖の天然のカキを獲る漁が中心だった。

 オホーツク海に出るためには、砂州の上を船を運び上げて出た。

 苦労があった。

 そこで、西の漁村では、砂州にオホーツク海に出るための水路を

 無許可で掘った。

〇昭和4年、暴風雨、波浪、雪解け水などで、

 西側の村人が掘った水路が通水し、切れ目ができた。

〇切れ目から海水が入ってきたために、天然のカキ漁は立ち行かなくなる。

 木下虎一郎 ホタテの発見

 ホタテ貝の養殖を始める。

〇昭和53年 2つの目の切れ目である「第二湖口」開通。

〇冬、切れ目から流氷が侵入 養殖に被害。

 流氷の侵入を防ぐための浮きとネットが張られる アイスブーム 

※グーグルアースサロマ湖の切れ目 アイスブーム

2

      

1985年の冬、私はサロマ湖の凍った湖上を、

スキーで歩いた体験者。

行ったことがある場所だけに、番組に対する興味関心は高かったです。

   

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