「続横道世之介」② 古いエレベーターをお爺さんに例える
今日は令和2年4月5日。
前記事に引き続き、
「続横道世之介」(吉田修一著/中央公論新社)より
引用します。
女性の寿司職人の目指した浜本さんの話。
20歳のころ、チンピラのような男と付き合った。パチンコと競
馬で本気で食べていけると思っているようなバカだった。好きだっ
たわけではない。自分より惨めな人間と一緒にいることで、どうに
か自分の惨めさを忘れられた。
(54p)
この微妙な気持ちを、さらりと表現しちゃうんだよなあ。
この小説では、2020年東京オリンピックは無事に
実施されており、マラソンも東京で行われています。
実況中継です。
つけっ放しのテレビで、スタート時間に近づいた神宮外苑の新
国立競技場の模様が流れている。
「あ、日吉亮太選手の姿もありますね。あれは・・・ケニアでし
ょうか。ケニアの選手となにかとても楽しそうに話してますね」
「ほんとですね。日吉選手は今朝もいつも通り、ごはんを二杯、
豆腐と油揚げのお味噌汁を二杯、それに目玉焼きと焼き鮭に、ひ
じき、きんぴら、海苔の佃煮と、たっぷりの朝食をとったそうで、
まったく緊張してないみたいですね。とにかく日吉選手はいつも
明るくて、面白くて、気がつくと、みんなが日吉選手の周りに集
まってくるようなキャラクターなんですが、今回の東京オリンピ
ックの選手村でも早速人気者になっているみたいで、海外の選手
たちが日吉選手と笑い合っている動画をYouTubeなんかにたくさ
ん投稿しているみたいですよ」
丁寧で心のこもった解説で定評のある元マラソン選手の女性解
説者が、とてもあたたかい口調で日吉亮太を紹介している。
(57~58p)
ズバリ、増田明美さんですよね。
店は歌舞伎町の古い雑居ビルの4階にある。どれくらい古いか
というと、まず、ホテトルや出張エステのチラシがベタベタと貼
られた狭いエレベーターが、なんだかお爺さんに背負ってもらっ
ているようで力がない。あくまでもお爺さんを背負っているので
はなく、お爺さんに背負われている感じなので、動き出すと自分
の体だけ1階に置き去りにされるような不安感がある。
4階は、世之介が働くバーボンバー「ケンタッキー」と、日焼
けサロン「カリフォルニア」の2店舗あるが、完全に名前負けで
どちらも狭い。
(69p)
例えが異色です。「お爺さんに背負ってもらう」
よく浮かびますね。
名前負けも面白い。読みながらくすっと笑わせてくれます。
コンビニを出て、ライジング池袋に戻り、10階のエレベータ
ーを降りると、以前AVの音量のことで注意されたことのある美
容師さんとは逆隣のドアが開き、中から背がヒョロッと高い若い
男が出てきた。
狭い廊下ですれ違うので、
「こんばんは」
と、とりあえず挨拶すると、日本語は分からないらしく、微笑
んだような、微笑んだことを隠すような、なんとも曖昧な表情の
まますれ違う。
愛想がいいとは言えないが、悪い人ではなさそうである。
(71~72p)
微笑みの記述がすごい。よく他者を観察しているのか、
自分の体験に基づいているのか、表現が細かいです。
つづく
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