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2015年7月22日

2015年7月22日 (水)

「タブレットの導入で見えてくるもの」からの引用その2

  

今日は7月22日。

  

前投稿に引き続き、次の記事からの引用です。

  

「タブレットの導入で見えてくるもの」

近畿大学付属高等学校・中学校 ICT教育推進室室長 乾武司(いぬいたけし)

  

  

現在本校では、最低限のインターネット接続時のフィルタリングをかけているが、

これもメディア・リテラシー教育を進めることで外していきたいと考えている。

アプリに関しても通信系の何種類かをブラックリストに載せている以外は、

ゲームを含めてインストールは自由である。

iPad用のゲームには、教育用アプリとゲームの境界がはっきりしないものが多く、

そのまま授業で使える良質なものもあり、

特に海外のアプリにはそのような傾向が強い。

これらをゲームという一括りで禁止してしまうのは惜しい。

  

  

よく「授業中にゲームをしたらどうするか?」という質問を受けるが、

それは授業担当者責任範囲であると考えている。

生徒を集中させる授業、ゲームなどしたくなくなるような魅力ある授業、

ゲームをする暇のない展開の授業、これらをこそ教師は目指すべきであろう。

  

   

フィルタリングを減らすことは、教師の「覚悟」が必要です。

良質のゲームを見極めること、そして

授業中に授業に関係のないゲームをやらせない授業をすること。

新しいものを取り入れるときには、大なり小なり「覚悟」は必要です。

「覚悟」は逃げないこと、立ち向かうこと。それは本来楽しい。

タブレット端末は、たくさんの「覚悟」が必要。だから楽しいのでしょう。

  

   

その「覚悟」を使った文章がこの後出てきました。

  

  

先生のやりたい授業ができる環境を

タブレットの学校生活への導入は、「やりたい授業ができる環境」を

先生に与えることとなった。

先生の「やりたい」は「動画を見せたい」「教材をマルチメディアに」

「アプリを授業で使わせたい」「積極的に協働学習をさせたい」

「All Englishで授業を」など多種多様である。

これらを全て満足させることは、ICTの導入なくしてはありえない。

  

ICTの導入は教育力の向上を必ずもたらすというものではないが、

ICTはコミュニケーション能力を増幅させる手段であるので、

先生のコミュニケーション能力の高低によって教育力の差はさらに拡大する。

「こんな授業をしたい」という先生の熱い思いが、

真の意味でICTを活利用した授業を実現させるのである。

 

「増幅させる」の表現がいいなあ。

元々のところが大事なのです。

  

  

実際にiPadを導入してみると、これは教師側の覚悟を測る試金石であると感じている。

保守的に安全を求めるだけでは、今までの価値観を捨てきれない授業の延長でしかなく、

学校の都合を優先させた規制は、生徒の能力や可能性にリミッターをかける

行為であると痛感している。

  

途中経過に細かい指示を出さずに、結果のアウトプットのみを要求するような

プロジェクトを生徒に投げかけると、こちらが思いもよらなかった取り組みが現れてくる。

教師の判断で限界を設定し、指導できる範囲内に活動範囲を限定すると、

生徒たちの一番創造的な部分がスポイルされて、

ありきたりのものが出来上がってしまう。

  

アクティブ・ラーニングを行うにしても、

課題を投げかける教師側に想像力や好奇心がない場合、

まったくアクティブではない予定調和な結末で終わってしまう。

生徒の創造力や独創力を開花させるためには、

教師側にそれなりのスキルと覚悟を要求するのである。

  

  

村上公也先生たちが唱える「創発」を思い浮かべる文章です。

※参考:ここでも道草 20150228報告3/キミヤーズ塾 「創発」体験、創作漢字(2015年3月1日投稿)

教師にも、新しい発想や活動を要求してくるタブレット端末。

この文章を読んで、あらためてこのタブレット端末の勉強をしていきたいと思いました。

もちろん、教師の持つ「元々」の部分をパワーアップさせ、

タブレット端末で増幅したいと思います。

「増幅の発想」がいい。

  

   

 

「タブレットの導入で見えてくるもの」からの引用

 

今日は7月22日。

  

19日の晩は、タブレット端末に関心のある先生たちとの飲み会。

参加者は3人。

本のコピーが配付され、勉強会のような場面もありました。

  

その時のコピーを手元に置きながら、この記事をうっています。

 

「タブレットの導入で見えてくるもの」

近畿大学付属高等学校・中学校 ICT教育推進室室長 乾武司(いぬいたけし)

   

勉強になったので、どんどん引用して、ここに書き留めておきます。

出典は東京書籍の教育情報誌「ニューサポート」です。

  

1人1台のiPad導入

近畿大学付属高等学校・中学校では、

2013年4月に新入生の高校1年生約1000人に対してiPad導入を開始し、

2004年4月には新高校1年生1000人と中学生全員約850人にiPadを持たせ、

現在教職員合わせて約3000台のiPadが常時稼働している。

  

 

驚きの台数です。

先日やっとこさ私が購入したiPadが3000台も稼働している学校!

それだけの台数を導入した理由を2つにまとめていました。

  

  

①新たな文房具として常に生徒の傍らに存在し、

 授業はもちろんそれ以外の場面でも積極的に利活用させるため

②先生のやりたい授業ができる環境を構築するため

  

  

授業以外の場面でも利活用。いいですね、この発想。

授業はきかっけであって、それ以外の時にiPadを使って、生活を充実させる。

その可能性があるタブレット端末だと思います。

②の発想も参考になりました。

iPad主体ではなく、あくまでも教師が主体であって、

教師には「やりたい授業」があるのが前提で、

iPadは可能性を広げてくれる道具の発想です。

よく練られた①②だと思いました。

  

  

本校の導入形態は、生徒個人に購入代金を納めてもらい、

学校で一括購入し、設定や初期アプリのインストールなどを行ったのちに、

生徒各自に配付する形式を採用している。

生徒の所有物とすることで、常に生徒の手元に端末が存在することになり、

教材や情報の配信の自由度が高まるとともに、

充電や機器の管理から学校が解放されるメリットがある。

購入台数が膨大になる本校では、これ以外の導入方法は考えられなかった。

  

  

タブレット端末に教職員集団がまだまだ慣れていない、

あるいはタブレット端末を使った指導方法がこれから構築されるであろう状況での

1人1台導入は、ハードルが高い印象があります。

1人1台のメリットには納得ですが、踏み切るは勇気がいるなあと思いました。

 

 

しかし、次のような発想をしていけば、その購入費は、決して高くないと思えます。

  

  

生徒の相棒としてのタブレット

生徒たちが学習していくためには、教科書、参考書、

問題集、さらには学校から配付される非常に多くの紙資料が必要である。

これらの学習に必要なアイテムを全てデジタル化しデータベース化することで、

鉛筆とノートとタブレットがあれば、どこでもフルスペックな学習をつくりたいと

考えている。

(中略)

生徒は各自自分の端末を常に手元に持っているため、

提供する教材を紙に限定する必要がなくなった。

そのため、動画やWebページのリンクを配信することも可能になっており、

多様な教材を選択することができるようになった。

現在、文集・作品集・学級新聞などの発行は多くがデジタルで配信され、

配付の手間が大幅に簡便化された。

  

  

1人1台の大きなメリットだと思います。

必要最低限度の紙資料で済ませることは、画期的なことだと思います。

当たり前に膨大な数を配布してきた紙資料が、無駄なことに一気になってしまいます。

「フルスペック」の意味は、「物事を行う上で、必要とされる要件をすべて満たしていること」

full specificationを元にした和製英語だそうです。

和製英語とは、英語だと思い込んでた言葉が、実は日本で生まれた英語っぽい言葉。

和製英語はちょっと低めの評価をされやすいのですが、なかなか恰好がいい言葉です。

私はこの引用文で、「タブレット端末」と「フルスペック」が関連付けられました。

(次の投稿につづく)

 

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