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2012年4月21日

2012年4月21日 (土)

「藤原氏の正体」2 藤原五摂家の近衛

   

今日は4月21日。再スタートして8日目。

     

前投稿のつづき。

藤原氏の正体」(関裕二著/新潮文庫)より。

  

藤原氏は「平安時代の人たち」というイメージですが、

そうとは限らないようです。

引用します。

   

藤原氏は中臣鎌足以来、つねに日本の頂点に君臨しつづけた。

しかも、それは、一貫して、「天皇家のため」ではなく、

自家の繁栄のためだったように思えてならない。

それは、この一族の生まれつきの習性であったようにも思えるのだ。

その習性、伝統は、古代から近代、現代にいたっても、まったく変わっていないのである。

そして、藤原氏にとって、「天皇」とは、

自家の繁栄を継続するための道具にすぎなかったのではなかったか。

じっさい、現代にいたっても、藤原氏は「天皇にもっとも近い一族」という立場を利用して、

目に見えない閨閥(けいばつ)を作り上げてしまっているのである。

そこでこのあたりの事情を、現代史に焦点を移してすこし説明しよう。56-57p)

   

現代も藤原氏の影響がある?興味津々で読み進めました。 

続きはこうなっています。

   

太平洋戦争の戦前戦中、三度総理大臣の座についた近衛文麿は、

昭和天皇に政務を上奏するとき、椅子に座り、足を組んだままで、涼しい顔をしていたという。

もちろん周囲の顰蹙を買ったが、このような不謹慎が許されるのにはわけがある。

近衛氏が藤原五摂家(ごせつけ)の筆頭だったからにほかならない。57p)

   

苗字は「近衛」でも、藤原氏と関係があった。

   

五摂家は七世紀の大物政治家・藤原不比等の4人の男子、

武智麻呂(むちまろ)、房前(ふささき)、宇合(うまかい)、麻呂(まろ)のなかの、

房前の末裔、藤原北家(ほっけ)が5つの家に別れ(近衛、九条、二条、一条、鷹司)、

平安時代以来、明治にいたるまで、代々摂政と関白を輩出する一族として、

貴族社会の頂点に君臨してきたのである。57p)

   

鎌倉時代以後、武士の活躍で表だって見えませんでしたが、

藤原氏の勢力は、天皇の周りでちゃんと残っていたのです。 

   

いやいや、武士の中にも藤原氏の勢力は入ってきていました。(つづく)  

  

   

 

「藤原氏の正体」1 大化の改新異説

 

今日は4月21日。再スタートから8日目。

     

NHKが2月に放映した

さかのぼり日本史 平安時代 藤原氏はなぜ権力を持ち続けることができたのか」(4回シリーズ)を見たため、

最近の私のブームは「藤原氏」です。

本「藤原氏の正体」(関裕二著/新潮文庫)を読みました。

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いろいろ新しい説があったり、知りたいと思っていたことが書いてあったりと、

楽しんで読みました。

たとえば・・・・

   

大化の改新

正義:中大兄皇子、中臣鎌足

悪:蘇我蝦夷、蘇我入鹿

といったイメージがありますが、著者はこれを否定していました。   

   

なぜ蘇我氏を討ったのかというと、

蘇我氏が百済救援に消極的だったからです

中臣鎌足は百済救援をしたかったのです。

実は、鎌足は人質で日本に来ていた百済王(王子)の豊璋(ほうしょう)だったという説です。(これが大胆な説)

一度は新羅・唐の連合軍に滅ぼされた百済は、

人質になっていた豊璋をたてて国を再建しようとします。

日本の力をかりて、百済と連合軍が戦ったのが、

白村江の戦い(はくすきのえのたたかい、はくそんこうのたたかい)です。

百済援助に消極的だった蘇我氏を討って、

実権が中大兄皇子にあったから、日本は出兵したというわけです。

   

藤原氏の祖である中臣鎌足は、百済出身の日本人ではなかったという説は、

それ以後の藤原氏の動きにも関係あります。

日本は孤島だったこともあって外敵の侵略がなく、お人よしの性格が形成され、

古代豪族たちは合議によって政治を進めてきました。

しかし、藤原氏は違いました。

他の有力な勢力をつぶして、藤原氏だけが繁栄することを目指しました。

これは、藤原氏が大陸から来た勢力であって、生き残るために他を陥れる性格だったからです。

   

さあ、皆さんはどう思いますか?

面白いでしょ。(つづく)

 

 

 

ブログ6年目に/ナガミヒナゲシ初見日

 

今日は4月21日。再スタートから8日目。

ブログ「ここでも道草」の誕生日。5年が過ぎて6年目に入りました。

今回が2558本目の投稿です。

いろいろありましたが、継続、というか断続しながらも続いています。

これからもよろしくお願いします。

      

   

4月19日に今年初めてナガミヒナゲシを見つけました。

またまた季節が廻ってきたことを実感しました。

下の写真は4月20日撮影です。

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昨年は4月7日に初めて見ています。

「ナガミヒナゲシの初見日」html

昨年の投稿を見ると、2009年からの初見日が書いてありました。

こういうことが好きだなあと、自分で自分を思います。

今年も一覧表にします。

 

2009年は4月9日

2010年は4月6日

2011年は4月7日

2012年は4月19日

  

あまり外出をしない日々なので、今年は遅れたかな。

 

 

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