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2012年4月17日

2012年4月17日 (火)

加藤ゆか選手、日本記録で代表に

 

今日は4月17日。再スタートから4日目。

  

4月はじめ、   水泳では、

オリンピック3大会連続で出場を決めた北島康介さんが注目を集めていましたが、

私の関心は、加藤ゆか選手でした。代表になったかどうか。

調べました。

やったね、ちゃんと通過していました。・・なんて簡単に書いたら失礼ですね。

100mバタフライで日本記録を更新しての出場。素晴らしい。

120404-1
http://olympic-fan.com/topics/120404-1.shtml

このサイトから引用。

4月3日競泳日本選手権女子100メートルバタフライで加藤ゆか(25)が57秒77で、

自身が持つ日本新記録を更新して優勝し、2大会連続の五輪出場を決めた。

加藤選手はこう言っています。

「北京五輪では予選落ちという結果でしたし、(昨年の)世界選手権でも決勝に行けなかったので、

今度は絶対に決勝に行けるように頑張りたいです。

北京五輪の敗因は、通過がギリギリで日本選手権で気持ちが切れてしまって、

五輪まで気持ちが続かなかったことだと思います。

今回は余裕を持って派遣標準記録を突破できたし、これからの3カ月が勝負だと思います。

もう失敗したくありません。もう五輪しか見えてないです」

   

夏が楽しみになりました。

私もその間に復帰して、また頑張るぞ。

  

 

 

ベアトの写真/昔の日本人

  

今日は4月17日。再スタートから4日目。

維新前夜」(鈴木明著)をきっかけに、古写真について書いてきました。

これが6本目。とりあえず最終回。

   

本「続 幕末・明治のおもしろ写真」(石黒敬章著/平凡社)にもベアトのことが書いてありました。

   

EPSON089
5p

ベアトが撮影した生麦事件の現場。

   

EPSON090
12~13p

この写真の左に立っている大柄な人物がベアトだと石黒さんは推理しています。

ベアトはたくさんの写真を撮った人だけど、肖像写真が皆無なのだそうです。

だから、この写真に写っている大柄な人物がベアトだとしたら、

貴重な写真になるそうです。

   

平成8年10月12日の朝日新聞夕刊に、

ベアトの写った写真が発見されたという記事がありました。

この記事、何となく覚えがあるなあ~。

いつか図書館で手に入れてみたいです。

   

ところで写真に写っている人力車について、石黒さんはこう書いています。

  

旅の外国人と、その荷物を運ぶ人足の写真である。

旅の途次写した記念写真であろう。  (中略)

断髪令発布が明治4年、人力車の普及が明治4,5年ということを考え合わせると、

明治5年頃の撮影と想像できる。

人力車は明治2年、和泉要助、鈴木徳次郎、高山幸助の3人の発明になるもので、

明治3年に東京府によって製造及び営業が許可されている。

その後2年くらいで、国内はもとより外国にまで輸出するほどに普及したという。

右に写っている人足2人は腰の入れ方ひとつ見ても、

モデルでなく本物であると分かる。力強いポーズで決まっている。 (7p)

  

   

テレビの時代劇で、幕末や明治の人たちが俳優によって演じられます。

でも、こういう写真を見ると、当時の日本人と現代の日本人は質が違うと感じてしまいます。

体つき、顔つき、目つきなど、違います。

下の写真はもっと感じます。

EPSON091
   

石黒さんも、「鋭い目つきに圧倒されてしまう」と書いています。

確かにそう思います。

駕籠かきや人力車引きだから、体が引き締まっているのかもしれませんが、

たるんでいない体・精神を感じます。

同じ日本人ですが、150年の歴史が日本人を変えてきたのでしょうか。

 

古写真。まだまだこだわりたいテーマです。

屋形船の写真は内田九一撮影

 

今日は4月17日。再スタートから4日目。

前投稿に続いて、本「続 幕末・明治のおもしろ写真」(石黒敬章著/平凡社)より。

  

EPSON088

28pに載っていた写真です。

ドラマ「JIN ~仁~」のオープニングに出てきた写真でもあります。

「JIN ~仁~」のベアトの写真html   

その時にこの写真はベアトが撮影したものとして書きました。

しかし、この本によると撮影者は違いました。

内田九一(うちだくいち)という人の写真です。

1844年生まれで、1875年没。32歳!

肺病を患っての早すぎる死でした。

※参考:「写真が紐とく幕末・明治 幕末・明治初期の写真師・内田九一の没後と、その妻・おうた」141

あの有名な明治天皇の写真を撮影した人でもありました。

Meiji_Emperor
  

この人が初代の社長である内田写真株式会社が大阪にありました。

HPはここ。http://www.uchida-p.co.jp/

   

上の屋形船の写真は、明治初年の撮影のようです。

本にはこう書いてありました。

  

湿板写真の時代であり、露出には数秒かかるはずなのに、

船が全くブレていないのが不思議だった。  (27p)

  

石黒さんは、骨董市で、屋形船の別角度から撮った写真を手に入れます。

(とにかくこまめに写真を収集している石黒さんに感心します)

その写真からの推理で、この船は浅瀬に置かれた船であって、水に浮かんでいないという考えに至ります。

だからぶれずに撮影できたわけです。

面白い!

   

さらに、屋形船の屋根の上に人が乗っていることについて、こう書いています。

   

屋形船の屋根の上に乗る習慣はあったようだ。

江戸東京博物館で開催された企画展「江戸の夏ーその涼と美」に、

屋形船の屋根に乗っている図が二枚展示されていた。

いずれも男性で、懸命に屋根につかまっていた。

その後気にかけていると、屋形船の屋根に乗ってくつろいでいる絵や写真は度々目に留まった。

明治の隅田川は、今よりずっと波がなく穏やかだったようだ。

今は大きな船が通るようになり、その波がコンクリートで固められた護岸で増幅されて、

大波が出来るようになったのだそうだ。

昔の写真を、現在の目で見て判断してはいけないと反省をした。 (30p)   

   

この本を読み、他にもいろいろ調べてみて、古写真は面白いと思う。

どうする?また好奇心が動く。

忙しくなっちゃうよ。

   

次の投稿のつづく。

 

 

明治7年の金星日面通過観測の写真

   

今日は4月17日。再スタートから4日目。 

  

前投稿で書いた「明治7年神戸における金星日面通過観測」の写真の載っている本を

早速入手しました。

本の名前は「続 幕末・明治のおもしろ写真」(石黒敬章著/平凡社)です。

「続」ではない本も入手。両方読みました。

51PCC7S6PQL__SL500_AA300_51W3BE8B5PL__SL500_AA300_

   

その写真は70-71pにありました。

EPSON087
  

著者の石黒さんは、古写真をコマめに収集している方のようです。

この写真も骨董屋さんで入手しました。

その時の様子が次のように書かれています。

  

ある骨董屋さんが大砲の写った珍しい写真だと売っていた。

しかしフランス語でObservatoire de Kobe(Japon)、つまり神戸の観測とキャプションがある。

黒い筒は大砲ではなく望遠鏡であろう。

それで私は金星を観測しているのではないかと目星を付けた。

長崎の写真師上野彦馬が明治7年、金星の日面通過を撮影したことを聞き及んでいたからである。

私はこの写真に(大砲でなくとも)うたれた。早速買って帰り・・・・(中略)

数多く焼き付けられ、販売された写真ではないだけに貴重なのである。

金星観測の古写真だけに、金星(きんぼし)を拾った(買ったのだけれど)といえよう。 (74-75p)

    

この写真にももちろん興味がありますが、

古写真を捜し歩くことにも興味あります。

この写真、いくらぐらいの値段がついていたのだろうか。

今年の金星の太陽面通過の頃に、この写真が有名になるような気がします。

石黒さんの名前もきっと出る。

   

   

古写真に関する話、まだつづく。

今年の天体ショー/明治7年の観測の時の写真

 今日は4月17日。再スタートから4日目。

休んでいる間にメモしてあったことを直して、投稿しています。

 

RIMG0572
  

3月31日放映の「ウェークアップぷらす」で、今年の天体ショーが紹介されていました。

キーワードは「

見逃したくいないですね。

金星の太陽通過については、2004年にあったようで、

その時の資料です。

Venustr1 

津村光則氏(和歌山県)作成 (C)Mitsunori Tsumura 2004
http://www.nao.ac.jp/phenomena/20040608/

    
ここにも歴史あり。

ホロックスはイギリスの天文学者。

友人の協力者クラブトリーと金星の太陽面通過を世界で初めて観測。

その観測結果から、太陽と地球の距離を約1億㎞としました。

ホロックスは22歳(または23歳)で急死。

しかし、名はこうして残っています。

  

1761年の観測がイギリスとフランスの戦争中とあり。

「七年戦争」(1756ー1763年)と呼ばれる戦争の最中でした。

1874年は、明治7年。

日本に外国から観測隊が来ました。

その時の貴重な写真が、次のHPで見られます。

明治7年神戸における金星日面通過観測」htm

HPで紹介されている本「続幕末・明治のおもしろ写真」(平凡社)に興味を持ちました。

あのベアトのことも書いてあるそうです。

図書館にあるようなので、借りてきたいです。

   

    

3月26日の月と金星と木星が並んだのを見逃したのが残念。

20120326

http://www.astroarts.co.jp/alacarte/2012/201203/0326/index-j.shtml

ちゃんと予定表に書いておいて、どの天体ショーも見逃さないようにしたいです。

   

次の投稿にさらにつづく。

「JIN ~仁~」のベアトの写真


    

今日は4月17日。再スタートから4日目。

  

前投稿で、写真家ベアト兄弟のことを書きました。

そしたら、日本に来日したフェリーチェ・ベアトの記事を見かけました。

3月21日、朝日新聞夕刊です。

EPSON091

EPSON092

  

写真に写っている人が本当に女の人かという記事。

それについても興味はあるけど、

ベアトの写真がドラマ「JIN ~仁~」に使われたと聞いて、

ああなるほど、あの写真かと思い当りました。

「あの写真」もベアトの作品なんだと思い、あらためて見てみました。

昨年放映の「JIN ~仁~」第4話の写真を載せます。

現代の写真とベアトの写真が連続で出てきました。大きな写真です。

  

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RIMG0639

     

以上です。

夕刊の記事を見て、やってみたくなったことをやり通しました。

ドラマでは、面白いことをやっていたんだと気づきました。

    

 古写真に関する投稿、次もつづく。

 

砲台占拠の写真/ベアト兄弟

   

今日は4月17日。再スタートから4日目。

   

維新前夜~スフィンクスと34人のサムライ」(鈴木明著/小学館)を読んだことから、

南京事件やジョンラーベについて調べたことを書いてきました。

今回は古い写真(古写真)について調べていったことを書いてみます。

    

     

「維新前夜」について、詳しく書いてあるブログを発見。

「Go Plan! スフィンクスと27人のサムライ その1」html

「Go Plan! スフィンクスと27人のサムライ その2」html

「Go Plan! スフィンクスと27人のサムライ その3」html

   

「維新前夜」に書いてあり、このブログでも触れているのがこの写真。

Shimonoseki
    

社会科の教科書でおなじみの写真です。

幕末、長州と四国連合(イギリス・フランス・オランダ・アメリカ)が戦った下関戦争。

1864年8月。

連合軍に長州の砲台を占拠された写真です。

この写真は幕末維新の日本での戦争の唯一の写真だそうです。

撮影者は、フェリーチェ・ベアト。イギリス人。

そして、スフィンクスと武士の記念撮影をしたのが、

フェリーチェ・ベアトの兄弟、アントニオ・ベアト

無題

スフィンクスの写真に、署名が記されています。

EPSON084ベアとのサイン
   

ベアト兄弟は、日本人にとって貴重な写真を残してくれていました。

しかし、日本とエジプトでの写真を、イギリス人兄弟が撮った。

そしてその写真が残っていた。いいなあ、この話。

(次の投稿につづく)

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