「見えづらい」「見えにくい」どちらが正しいか?
(前投稿のつづき)
「富士山が見える」という文があったとします。
残念ながら見えなかった時、
「富士山が見えづらい」「富士山が見えにくい」どちらが正しいでしょう?
正解は後にまわして、少々お勉強。
次のサイトからのほとんど引用です。
※「NHK放送文化研究所/ことばQ&A」
http://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/qa/kotoba_qa_98010101.html
接尾語の「…づらい」は「…するのが困難である。」という意味です。
前にくることばは、「頼みづらい・聞きづらい・食べづらい」などのように、
いずれも意思を伴う動詞が来るのが一般的です。(「頼む」「聞く」「食べる」)
それらは、本人の意思としては行おうとしながら、
思うにまかせないというもどかしさがある困難表現でもあります。
ところが、「見える・聞こえる」などの動詞は無意思性の動詞(自発動詞)ですから、
「見えづらい・聞こえづらい」といった言い方に違和感を持つのです。
一方、似たような意味の「…にくい」は、意思の有無に関係なく使われる接尾語ですから、
「見えにくい」と言うのはOKです。
「見づらい」という言い方も当然あります。(「見る」は意思を伴う動詞)
「富士山が見えにくい」が正解(普通)ということです。
「富士山が見づらい」という言い方もあるわけです。
難しそうなことを書いてきましたが、関心があると面白い内容です。
中学生の時に文法を習ったときとは違います。
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