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2009年8月29日

2009年8月29日 (土)

豊川海軍工廠の水道施設その2

(前投稿のつづき)

8月26日。豊川市の千両(ちぎり)にある海軍工廠のために作られた配水池を見せてもらうことに。

千両は、昭和20年8月7日の海軍工廠爆撃での死者を仮埋葬をした場所。

埋められた場所がどこだったのかを以前調べて、

このブログに書いたことがありました。

※たとえばhttp://mitikusa.typepad.jp/blog/2009/03/post-72a1.html

海軍工廠に隣接した地区だけに、海軍工廠ゆかりのものがあるのだなと思います。

     

現役の水のタンク2つの傍らにそれはありました。

「これがそうだよ」

P8260044    

    

   

「????」

案内をしてくれた人にそう言われても、すぐにはわかりませんでした。

写真から、大きな直方体の構造物が見えてきませんか?

今は草木におおわれていますがいますが、コンクリート製の配水池があるのです。

深さ5メートルで2000トンの水を貯えられる配水池だったそうです。

昭和50年代までは使われていたそうです。

頼んだら、配水池の上を歩いてもいいことになりました。(つづく)

        

豊川海軍工廠の水道施設

夏休みに水のことを調べていたら、

以前から興味を持っていた豊川海軍工廠のことに関連した話が聞けました。

豊川市一宮浄水場で話を聞きました。

この浄水場は、海軍工廠に水を送った施設を引き継いだものだと聞いて驚きました。

戦時中に豊川海軍工廠が作られた時に、

水をどうするか考えました。

最も近い水量豊かな河川は、海軍工廠の東にある豊川(とよがわ)でした。

さっそく豊川に取水口を作り、そこからまっすぐ!西にむかって水道管を走らせました。

(いろいろな問題はあったと思いますが、戦時中、お国のためということか、

とにかくまっすぐです)

水道管は、海軍工廠の北にある千両(ちぎり)という場所までつなぎました。

千両に配水池をつくり、水はそこに貯められました。

千両は、海軍工廠より高い位置にあったので、

配水池から必要な水が提供されました。

      

豊川の取水口からち千両までの途中に作られた浄水場が、今の豊川市一宮浄水場です。

戦後、払い下げられました。

豊川の河床の下に取水口があるため、伏流水を取っています。

千両までの400mm径の水道管は、今でも戦時中のものを使っているそうです。

    

千両の配水池跡がまだあると聞いて、

ぜひ見せてほしいと頼んで見せてもらうことになりました。(つづく)

最近の写真

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