「本草書の中のコウガイビル」昔の人も見ていた
今日は令和8年7月11日。
コウガイビルをネット上で調べていて、このサイトが面白かったです。
「本草書(ほんぞうしょ)」とは?
サイトから引用します。
本稿では、「本草書」という語を、百科事典的なものも含めて
「博物学的情報を記載した近代以前の書物」 という意味で使って
います。
中国や日本の本草書に、コウガイビルの記述があるという話です。
「コウガイビル」という名前が登場する前、
コウガイビルは「土蟲(ドコ/つちむし)」とも呼ばれていました。
ちなみに「蟲」は、昔は虫全体を示す漢字でした、
「虫」はヘビ類を表す漢字でした。
しかし、次のように変化したそうです。
かなり早い段階、紀元前の昔から、本来ヘビを表す「虫」の字を、
ムシの意味で用いる例が出てきます。ムシを表すならば元来、
「蟲」を用いなくてはならないわけですが、やっぱり、「虫」を
三つ書くのはめんどくさかったのでしょう。そして現代の日本では、
当用漢字が制定された際、ムシのことを表すときには、「蟲」の
字の代わりに「虫」の字を用いることが正式に定められるに至り
ました。ムシの世界は「虫」に席巻されている、といえましょう。
引用:漢字漢字Q&A
「コウガイビル」の「土蟲」が出てきたのは、
8世紀半ばの中国の本草書だと言われています。
西欧社会よりも1000年以上早かったそうです。
時代が進むと、コウガイビルは「度古(どこ)」とも書かれます。
日本の本草書にいつ出てきたか。
引用します。
さて、日本ではどうでしょうか。厳密に言えば、本草書の範疇から
外れますが、 この「コウガイビル」の名前がはじめて文献に出てく
るのは、日本最古の百科事典といわれる、1713年刊・寺島良安の
倭漢三才圖會(写真では「漢」の字体が違う)です。また、寺島良
安は大阪の医師ですが、生没年は未詳です。
七〇八 度古
書帯に似ている。色は、蚓 (いん) [蚯蚓 みみず] に類似し、長さは
二尺あまりである。頭はのみ [鉄器] に似て、背に黒黄の襴がある。
すこしふれると、きれてしまう。つねに蚓(ミミズ)を追いかけて
いる。蚓が動かなくなると、蚓の上にあがっておおいかぶさる。
ややしばらくたつと、蚓がとけてしまい、ただ、腹が涎のようにね
ばねばしてくる。 毒があり、鶏が食べると、すぐ死ぬ。俗に、土蠱
(どこ) と呼ぶ。
毒がある、というのは誤りですが、頭の特徴、背中の模様、体が切
れること、餌はミミズ、など非常に的確な記述がされています。図
はありませんが、この度古は、あきらかにコウガイビル類と考えら
れます。
以上です。
300年余りの前の本草書に載っていました。
コウガイビルは、寿命がない生き物と言われています。
分裂して、新しい個体が受け継がれているからです。
300年前の人たちが見たコウガイビルを、
現代の私たちがみている可能性もあるのです。
昔の人も、コウガイビルを気味悪がっただろうなあ。
でもほっとけずに観察していたのでしょう。


コメント