« 2026年3月23日 | メイン | 2026年3月26日 »

2026年3月24日

2026年3月24日 (火)

初めて見に行った雨山ダム/雨山合戦跡地

    

今日は令和8年3月24日。

  

奥さんの実家に行くのに、千万町経由で行くようになって、

いつかは行きたいねと奥さんと言っていたのが、

雨山ダムです。

3月20日にミツマタ群生地を見ることができなかったので、

その代わりに、かねがね行きたいと言っていた雨山ダムに

行くことにしました。

今回走ったのは、地図の緑のコース。

ふだんは黄色のコース。

Img_7717

雨山ダムは、そこを出発点にして本宮山に登れることで、

話題になったことがあります。

いつかはやってみたいと思っていました。

その第一段階で、雨山ダムを見るのが今回ですね。

  

Img_5529

一度ダムを右手に見て、通り過ぎて上流側から

撮影したものです。

御多分に洩れず、このダム湖も水がかなり減っているようです。

  

Img_5530

こんな広場があるダムなんだなあ。

でも自動車だと行き止まりの場所にある広場なので、

そんなにたくさんの人は来ないだろうな。

  

Img_5531

旧額田町の水道供給のためのダムで、平成7年に出来たようです。

そりゃあ、宇連ダムや大島ダムに比較したら、

小規模だと一目でわかるダムです。

驚いたのは矢作川水系だと言うこと。

ここは矢作川水系なんだ。

矢作川の流域を地図でみたいと思って探しました。

国土交通省HP

ここにあった図を転載。

Img_7718

雨山ダムは、旧音羽町の萩のすぐ近く。

なのに、雨山ダムがある場所は、

降った雨は矢作川に行くんだと思いました。

もう一つ気がついたのは、流域の頂点に大川入山があること。

矢作川の源流は大川入山なんだ。

親しみが湧いてきました。  

Img_5532

ダムの上から撮影。

ダムこの名前は三和湖(みつわこ)。

Img_5535

ダムから下流。田畑が広がります。

Img_5534

Img_5533

ダムのすぐ下流にも小さな公園。

ちょっと怖いかも。

  

Img_5536

Img_5537

Img_5538

興味を持ったのは雨山合戦。

織田信長の台頭によって、今川義元についていた者たちが、

織田型につくようになってきた。

それを防ぐために、寝返ったものたちを打ち取れという

今川義元の命令が出た。

織田方についた雨山の領主阿知波修理定直と五郎右衛門兄弟の

立て籠もる雨山砦を、義元の命に従った野田城主菅沼新八郎定村が

攻めた戦い。

雨山側には、作手の亀山城から本宮山を越えて奥平氏が援軍。

野田軍を打ち破ったが、その後攻めてきた伊奈城の本多軍に

敗れ敗退する。

伊奈城とは地元旧小坂井町の遺跡。

戦国時代の身近な現場です。

  

史跡夜話 雨山合戦地

ここから一部引用。定村が打ち取られるシーン。

  

敵味方必死の攻防が続き、やがて右の木戸が破られそうになった。

その時、五郎右衛門の目に谷の上で指揮する定村の姿が見えた。

砦を救うには敵将を討取るほかなしとみた五郎右衛門は谷底に下

り立ち、上げ矢で定村を射た。矢は定村の左の咽から耳の根へ射

通したという。さすがの勇将定村も落馬して息絶えた。享年三十

六歳であった。定村討死後も野田勢の攻撃は続き、定村の弟定貴

(宇利城主・二十九歳)、同じく定満(二十五歳)、その他多くの家

来が討死してしまった。

  

今川義元と織田信長の戦いといえば桶狭間の戦い。

その前哨戦でこのような戦いがあったのですね。

山に遮られているが、確かに雨山は作手、野田、そして伊奈などから

直線距離は遠くない。山をもろともしないだろうから、

この雨山に集まってくるんだろうなあ。

  

雨山ダムと雨山合戦。

勉強になりました。  

  

 

千万町のミツマタ群生地に何が起こった?②

  

今日は令和8年3月24日。

  

前記事の続きです。

  

千万町のミツマタ群生地に何が起こったんだろう?

そんなことを思って、ミツマタ群生地を後にしました。

Img_5516

帰りは左側に耕地を見ながら歩きました。

よく整備された耕地なので、いい気持ちになりました。

  

下から林道を上がってきたら、この分岐で右側に行きます。

Img_5518

左の道は、昨年11月に観戦したラリーのコースです。

この道を爆音を立ててラリーカーが走ったんだなと思います。

  

往路で見逃していた「ミツマタ」の入った看板を見つけました。

Img_5519

棚田の説明板ですが、ほんの数年前にまでは確実に

ミツマタの群生地があった証拠でもあります。

どうなっちゃったんだろう?ミツマタ群生地。

これが県道から林道に入る入り口。

昔の写真に写っていた黒い建物があります。

Img_5521

でもこの入り口から入って奥にミツマタの群生地があるなんて、

書いてあるものは全くありませんでした。

  

千万町楽校への帰路、印象に残ったものを写真に撮りました。

紹介します。

Img_5522

公民館と思われる建物の窓には、何やら紙が貼ってありました。

近くで撮影。

Img_5522_3

なんで貼ってるのだろう?

TOSTEMの宣伝かなと思いました。

Geminiに聞いてみました。

先入観に気がつかせてもらうのも生成AIだと思っています。

回答を載せます。

  

千万町(ぜんまんちょう)の公民館ですね。歴史を感じる木造の建物

の雰囲気に、真新しいTOSTEMのシールがずらりと並んでいるのは確

かに目を引きますし、まるで宣伝のように見えますよね!

実はこれ、純粋な広告目的というよりは、窓ガラスが出荷された時か

ら貼られているメーカーの製品シール(養生シール)なんです。

本来は工事が終わって引き渡す際に剥がすものなのですが、公民館の

ような場所でそのまま貼られ続けているのには、いくつか理由(目的)

が考えられます。

1. 衝突防止のため(安全対策)

一番大きな理由はこれです。新しくてピカピカの透明なガラスは、特

にご高齢の方や子どもには認識しづらく、開いていると勘違いしてぶ

つかってしまう危険があります。このシールをそのまま残しておくこ

とで、目印になり、衝突事故を防ぐことができます。

2. リフォームの「証明」として

公民館の改修は、町内会費や市の補助金を使って行われることが多い

です。「皆さんの予算で、これだけ立派な新しいサッシ(LIXIL/TOS

TEMブランド)に交換しましたよ」という、わかりやすいアピールや

報告の意味合いを兼ねて、あえて残しておくケースが田舎の公共施設

ではよく見られます。

3. 単なる剥がし忘れ・手間

単純に業者が剥がさずに引き渡し、施設を管理している地元の方々も

「まあ貼ったままでもいいか」と気にせずそのままにしているパター

ンです。

ちなみに、このシールは数年貼ったままにしておくと、紫外線でガラ

スに焼き付いてしまい、いざ剥がそうと思った時にはボロボロになっ

て非常に剥がしにくくなってしまいます。

  

私としては「2」がなるほどと思いました。

「田舎の公共施設ではよく見られます」は本当かな?

でも本当のようにも思えます。

この建物の前は、これからもちょくちょく通るので、

貼り紙がどうなるか観察していきたい。

  

ちなみにTOSTEMの歴史をWikipedia トステムを参考に

書き並べます。

1923年 妙見屋商店創業

1949年 日本建具工業株式会社設立

1971年 トーヨーサッシ株式会社設立

1992年 トステム株式会社に商号変更

2001年 INAXと経営統合

      株式会社INAXトステム・ホールディング

      (後にLIXILとなる)

このような歴史があって「リクシルの窓・ドアブランド」と

なったのですね。納得です。

  

Img_5523

右を走るのが県道。ここでもミツマタが咲いていました。

  

Img_5524

一面水がはられて、田んぼになるところです。

見応えのある景色です。

  

Img_5526

散歩するには、本当にいい場所、いい季節でした。

  

Img_5527

よっく見てください。ツクシが生えていました。

子どもの頃に、たくさん採ってきて母親に調理を頼みました。

山のようにあったツクシが、少量になってしまいがっかりでしたが、

醤油味のツクシは忘れられないなあ。

  

  

Img_5528

農道の横を流れる川が乙川だと知ったのは、この看板のおかげです。

   

以上が千万町で3月20日に見てきたことです。

ミツマタ群生地に何が起こったのか?

知りたいところですが、GeminiもChatGPTも

公式に観光を止めたようなことはネット上にはないと

答えてくれました。

何が起こったのかご存知の方は、ぜひコメントで教えてください。





 

  

最近の写真

  • Img_9795
  • Img_9794
  • Img_9792
  • Img_8338
  • Img_9761
  • Img_9745
  • Img_8337
  • Img_9744
  • Img_9743
  • Img_9724
  • Img_9723
  • Img_9800

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉