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2019年8月31日 (土)

「新美の巨人たち 仁和寺・観音障壁画」 観音様が持っていた仏教を広めるアイテム?

  

今日は令和元年8月31日。

  

全投稿に引き続き、8月17日放映の

新美の巨人たち 仁和寺 観音障壁画」より。

  

印象に残った場面を書き留めます。

 

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33体の観音様の中で、「最先端の観音様」と紹介された観音様。

☟ 一番左の観音様です。白い衣を着ている観音様が多い中で、

緑色の衣は目立ちます。

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この観音様には手が多くあり、いろいろなものを持っています。

持っているものにはすべて理由があるそうです。

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たとえば、ほら貝は「仏教の教えを世に広める手段」

鉢は「托鉢を受ける器」というわけです。

ところが一つだけ不思議なものを持っていました。

これです。☟ 

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何だと思いますか? 私は、線香だと思いました。

予想してみてください。

  

  

  

  

 

 

 

 

 

 

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☝ 林教授によると「くじ」「おみくじ」なのだそうです。

意外でした。

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今のおみくじと当時のおみくじは違ったようです。

  

ナレーター:そう、観音様が握りしめているものは、

  お寺でおなじみのおみくじ。

  おみくじは1から100までの番号がふられた

  おみくじ棒を自分で引いて、

  その番号の紙に書かれた運勢を見ます。

  しかし、江戸時代の引き方は、現在と違いました。

  まず、口や手を洗い清め、お経を唱えて、三十三度礼拝。

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  そんな段取りを経て、ようやく引くことができる

  神聖な儀式でした。

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  書かれていたのは、人生の指針となる仏の教え。

  江戸時代、おみくじは仏教を広める役割をはたし、

  大流行したそうです。

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  そう、徳応は仏と人をつなぐ流行のアイテムを

  描きこんでいました。

  

徳王(とくおう)とは、観音障壁画を中心になって描いた絵仏師。

フルネームは、木村徳応。

  

おみくじが仏教を広める役割をはたしていたのは驚き。

そして観音様が持っていたことに納得。

こうなったら、実物を見に行きたい。

11月24日までに都合をつけて仁和寺に行きたい。

  

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