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2015年8月23日 (日)

H27夏の登山日記5/キャンプ場から次薬師

  

今日は8月23日。

  

8月15日は午後7時過ぎに眠りにつきました。

何度か目が覚めましたが、16日は午前4時20分頃に起床。

朝食を食べて出発準備。

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薬師岳をめざして歩き始めました。

  

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↑朝焼け

  

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↑槍ヶ岳を初めて確認。この形は一目でわかります。

  

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↑薬師岳山荘

ここで恒例のTシャツ購入。

いいTシャツを売っていました。

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↑左胸にこのマーク。

キバナシャクナゲとピッケルがデザインされていると

山荘の人が教えてくれました。

調べたところ、2011年にTシャツ販売を開始したようです。

お客さんからの要望が多かったから始めたようです。

薬師岳山荘 山小屋日記 オリジナルTシャツ(2011年)

薬師岳山荘 山小屋日記 Tシャツ新色登場(2013年)

今、Tシャツの販売が多いです。

ありがたいです。着ることで、山の思い出を楽しめます。

昨年の南アルプスの地図つきTシャツは特によかったです。

↓ここにTシャツの写真あり。

ここでも道草 思えば赤石山脈を歩いてきた(2014年9月1日投稿)

実は今回の登山はこのTシャツを着て行きました。

他の登山者の目に留まり、話題になりました。

今度、南アルプスに行きたい人が、

「ここまで歩きたいなあ」とTシャツの地図で指差したりしていました。

  

  

薬師岳頂上をめざしました。

だんだん山荘が小さく見えます。

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山荘を出発して最初のピークは「次薬師」とありました。

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ケルンがあり、そこにはプレートがありました。

そこにはこう記されていました。

 

昭和38年1月愛知大学学生十三人が

薬師岳頂上を目指して登山中登頂を目前にして

猛吹雪に遭遇し薬師平のキャンプ場に引返す途中、

この次薬師で東南稜方面に迷い込みついにその若い命を失った。

このケルンは、愛知大学ならびに遭難学生遺族の協力により

二度と遭難がくり返されぬよう祈りと願いをこめて

建てられたものである。

昭和39年10月

富山県 大山町 富山県警察 

  

この遭難については、2002年放映の

「プロジェクトX 挑戦者たち 魔の山大遭難 決死の救出劇」

で扱われていました。

わが家には2005年1月放送のリメイク版を

録画したビデオテープがありました。

ただ2002年の映像はここで見ることができました↓


YouTube: プロジェクトX 「魔の山大遭難 決死の救出劇」 (2002年)

時間のない人は4分20秒過ぎから見るといいと思います。

 

では次薬師での写真を並べます。

この日は雲が良かった。

「雲がいい!」と言いながら何枚も写真を撮っていました。

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↑次薬師で一緒になった登山者も入れての撮影です。

  

  

いよいよ薬師岳頂上に迫ります。

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頂上での写真は次の投稿で載せます。(つづく)

 

  

 

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