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2013年1月23日

2013年1月23日 (水)

「河津掛け(かわづがけ)」は残るかも?

 

今日は1月23日。

 

前投稿で書いたように、「曾我兄弟の話」は消えていくかもしれません。

でも「河津掛け」という言葉は残るかもしれません。

取っ組み合いをした時に、けっこうこの技を私は使いました。

曾我兄弟」(ポプラ社)から引用します。

 

(曾我兄弟の)父は、伊豆の国の武将、河津三郎祐泰(かわづさぶろうすけやす)。

武芸にすぐれ、弓矢でも、相撲でも、かなう者がいなかった。

相撲のきまりての「河津がけ」は、この三郎祐泰が、うみだした技だという。

 

Kawazugake goo 大相撲

自分の右(左)足を相手の左(右)足の内側に掛け、

跳ね上げながら同時に相手の首などを抱え込んで体を反って後ろに倒すこと。   

   

下の映像のラストに出てきます。

 

  

思ったより簡単に相手を倒せます。

しかし、自分も一緒に倒れる可能性が有り、捨て身の技です。  

名前を知っていましたが、こんな古い時代にいわれがあるのですね。

  

これからどうなる「曾我兄弟の物語」

 

今日は1月23日。そうか1・2・3か~・

 

夕方、内科医へ。

コレステロールを減らす薬を飲んできましたが、

どうも減り具合が少ないようです。

1ヶ月薬を飲んで、また検査。

今度下がらなかったら、薬を2倍にすると言われました。

おっしゃる通りにします。健康になって、長く頑張るぞ。

 

病院の待合室で「曾我兄弟」(ポプラ社)読破。

EPSON186

北条政子」(永井路子歴史小説全集9/中央公論社)についてブログを書いた時に、

曾我兄弟の敵討ちのことを書きました。

「北条政子」より・・・曾我兄弟のかたき討ち

 

勤務校の図書室で偶然見つけ、読んでみました。

今の小学生はこの話をどう思うのだろう。

仇討ち。それも似た名前が出てきて理解が難しい。

父の敵が祐経(すけつね)。

曾我兄弟の父が祐泰(すけやす)、祖父が祐親(すけちか)。

なかなか厄介です。

あまり興味を示さないように思います。

 

「あとがき」にこう書いてありました。

 

今日(こんにち)では曾我兄弟のことなど知る子どもはいませんが、

 

知る子どもはいないと言い切っています。

こんな文章が続きます。

 

明治時代には教科書に取りあげられ、

おとなばかりか子どもたちのアイドルにもなっていました。

親の無念を晴らすため、相手が権力者の側近であるにもかかわらず、

命をかけてたたかう勇気ある姿が賞賛されたからです。

 

北条義時の時も思いましたが、明治時代と今の価値観の違いを感じました。

 

江戸時代も、曾我兄弟の話は、

浄瑠璃、歌舞伎、謡曲などの演劇作品が生まれ人気がありました。

しかし、これからこの話はどうなっていくのだろう。

図書室にあっても、手に取る子どもは少ないと思われます。

これを読み聞かせて、最後まで子どもたちの集中力を保たせるのは苦しい。

よっぽど平安時代末期鎌倉時代初期の勉強をしたあとならと思いますが、

そうなると、曾我兄弟は利用されたのだといった裏事情も耳に入って、

お話にのめり込めない。

テレビドラマでも見た覚えがありません。

 

日本三大仇(かたき)討ちである3つ。

 

1193年 曾我兄弟かたき討ち

1632年 伊賀越えのかたき討ち(鍵屋の辻の決闘)

1703年 赤穂浪士のかたき討ち  

   

下の2つはまだ生き残りそうですが、曾我兄弟の話は消えていく可能性大。

しょうがない?どうにかしないといけない?    

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