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2012年4月15日

2012年4月15日 (日)

「南京の真実」・・・ラーベの心意気

   

今日は4月15日。再スタートから2日目。

前投稿のつづき。久々の投稿なのに、重たい内容が続きます。こんなことも休み中に調べていました。

こんなんじゃ、病気がよくならないよ・・・と言われそう。

今回も「南京の真実」(ジョン・ラーベ著/講談社)より。

   

日本軍が南京に入場して以後の日記を転記してみます。

   

1937年12月13日  ※日本軍が南京入場をした日

(前略)

町を見まわってはじめて被害の大きさがよくわかった。

100から200メートルおきに死体が転がっている。調べてみると、

市民の死体は背中を射たれていた。

多分逃げようとして後ろから射たれたのだろう。

日本軍は10人から20人グループで行進し、略奪を続けた。

それを実際にこの目で見なかったら、とうてい信じられないような光景だった。

彼らは窓と店のドアをぶち割り、手当たり次第盗んだ。

食料が不足していたからだろう。

ドイツのパン屋、カフェ・キースリングもおそわれた。

(中略)

日本軍につかまらないうちにと、難民を125人、大急ぎで空き家にかくまった。

(※ラーベと同じ会社に勤める中国人アシスタント)は、近所の家から

14歳から15歳の娘が3人さらわれたと言ってきた。

ベイツ(※大学教授)は、安全区の難民たちがわずかばかりの持ち物を奪われたと報告してきた。

日本兵は私の家にも何度もやってきたが、

ハーケンクロイツの腕章を突きつけると出ていった。

アメリカの国旗は尊重されていないようだ。

仲間のソーンの車からアメリカ国旗が盗まれた。 (110~111p)

    

当時の日本は、ドイツと防共協定を結んでいました。

仲間の国でした。そしてラーベはナチ党員だったので、

日本軍にハーケンクロイツを見せたのです。

   

12月18日

最高司令官がくれば治安がよくなるかもしれない。

そんな期待を抱いていたが、残念ながらはずれたようだ。

それどころかますます悪くなっている。

塀を乗り越えてやってきた兵士たちを、朝っぱらから追っ払わなければならない有様だ。

なかの一人が銃剣を抜いて向かってきたが、私を見るとすぐにさやにおさめた。

私が家にいるかぎりは、問題はなかった。

やつらはヨーロッパ人に対してはまだいくらか敬意を抱いている。

だが、中国人に対してはそうではなかった。

(中略)

危機一髪。日本兵が2人、塀を乗り越えて入りこんでいた。

なかの1人はすでに軍服を脱ぎ捨て、銃剣をほうり出し、

難民の少女におそいかかっていた。

私はこいつをただちにつまみ出した。

もう1人は、逃げようとして塀をまたいでいたので、

軽く突くだけで用は足りた。 (126-127p)

   

ここには転記するのがはばかれるような状態が、

日記には多く書かれています。

それらの惨状を見てラーベはこんなことを思います。

   

12月24日

(前略)

この1週間、おびただしい数の死体を見なくてはならなかった。

だから、こういうむごたらしい姿を見ても、もはや目をそむけはしない。

クリスマス気分どころではないが、この残虐さをぜひこの目で確かめておきたいのだ。

いつの日か目撃者として語ることができるように。

これほどの残虐な行為をこのまま闇に葬ってなるものか! (139-140p)     

 

この時のラーベの気持ちはすごく共感できます。

誤訳とか、マイナス情報もありますが、

このラーベの心意気の部分が誤訳でないと信じたい。

南京から逃げようと思えば逃げられたのに、南京にとどまり、

安全区を作って、非戦闘員の難民を助けようとしたラーベの見たことは、

大事にしたいと思う。

戦争が人間を狂わせる現実を。 (まだつづく) 明日の朝、うつことにしよう。

15年ぶりに「南京の真実」読破

   

今日は4月15日。再スタートから2日目。

前投稿に引き続き、南京事件に関する投稿です。

   

                

昨年末から、日中戦争に関するものを目にすることが多く、

いろいろ調べてきました。

特に上海~南京での戦いや出来事に関心があります。

参考までに、年月日を載せます。

1937年 8月13日 上海で、日本軍と中国軍の交戦が始まる。

       8月23日 日本軍上海上陸作戦開始。

              11月12日  日本軍、上海を占領。

              12月13日 南京城陥落。日本軍が南京城内へ入城。

 

たくさん積読(つんどく)してある本の1冊、

南京の真実」(ジョン・ラーベ著/講談社)を読みました。

1998年2月に買った本。15年ぶり。

日中戦争の南京事件を扱った本で、

当時南京にいたドイツ人の視点で、毎日の日記で書かれています。

買ったころはとても話題になっていた本です。

2009年には、この本を原作とする映画が作られています。

ドイツ、中華人民共和国、フランスの合作でした。

しかし、この映画は日本では上映されていません。

日本のどこの映画館も上映を拒否したようです。

とにかく、南京事件はデリケートな事件なのです。

本「南京の真実」も、誤訳がたくさんあると指摘された本のようで、

資料として一級品という人もいれば、フィクションだという人もいる本です。

   

私はぐいぐい引き込まれて読みましたが、誤訳がたくさん!

これにはショックでした。

   

でも印象に残った文章を転記します。

   

1937年11月6日

(中略)

いや、驚いた。新聞によると、中国軍が、強力な日本軍と上海で戦っているという。

ドイツ人の軍事顧問が鍛え上げたえりすぐりの南京部隊が

上海に派遣されていたのだが、すでに三分の二が戦死したらしい。

いくら精鋭部隊といえども、武装が十分でなければどうしようもない。

日本の近代的な軍隊は、巨大な大砲や無数の戦車、爆撃機をそなえている。

中国とはくらべものにならない。  (42p)

   

以前、日本軍に加わっていた人の文章を読みました。

※「上海敵前上陸」(三好捷三著)

※参考:以前の投稿  「上海上陸作戦その1」html

そこでは、日本人も十分な武器も配給されずに苦戦したことが書いてありました。

お互い苦しい戦いを余儀なくさせられていたのでしょう。

   

   

1937年12月10日

不穏な夜だった。きのうの夜8時から明け方の4時ごろまで、

大砲、機関銃、小銃の音がやまなかった。

きのうの朝早く、すんでのところで日本軍に占領されるところだったという話だ。

日本軍は光華門まで迫っていたのだ。

中国側はほとんど無防備だったという。

交代するはずの部隊が現れなかったのに、中隊はいくつか残しただけで、

予定通り持ち場を離れてしまったのだ。

この瞬間に日本軍が現れた。

あわやというところで交代部隊がたどりつき、

かろうじて敵軍を撃退することができたという。

今朝早くわかったのだが、日本軍は昨夜、

給水施設のあたりから揚子江まで迫ってきていたらしい。

遅くとも今夜、南京は日本軍の手に落ちるだろう、だれもがそう思っている。(後略)  (93p)

   

南京で、上海から日本軍が迫ってくる様子を、

ラーベは詳しく書いています。

ラーベは、兵士でない中国人や、外国人が戦いに巻き込まれないように、

南京の中に安全区を設けることに奔走していました。

中国兵が安全区に紛れ込むのを憂い、出ていくように説得しています。

安全区は武装解除していなければ、日本軍は認めないと考えたからです。

(次の投稿につづく)

   

 

 

「百人斬り」は本当にあったことなのか?

   

今日は4月15日。再スタートして2日目。

休み中に書いたメモを手直しして書いています。

     

      

維新前夜~スフィンクスと34人のサムライ」(小学館)の著者である鈴木明さんの他の著作を調べました。

南京事件について書いた本があり、図書館で借りてきました。

読んだのは2冊。

『南京大虐殺』のまぼろし」(文藝春秋)

新『南京大虐殺』のまぼろし」(飛鳥新社)

この2冊の内容の中で、「百人斬り」に注目しました。

「百人斬り」とは?

   

日中戦争で、上海から南京に日本軍が攻めた時に、

2人の日本軍将校がどちらが先に100人を切り殺せるか競争したという事件です。

私は、今から30年ほど前に、本多勝一著「中国の旅」(朝日文庫)を読んでこの事件を知り、

それ以後、この事件は実際にあったことなんだとず~と思っていました。

  

しかし、2冊の鈴木明さんの本は、百人斬りはなかったことであり、

その事件の責任をとって処刑された2人の将校は無実だという説でした。

これはショックでした。

信じていたことが揺らいだし、

社会科の授業で「百人斬り」の話をしてきたぞと思い出したからです。

ああ、怖い怖い。

ちゃんと勉強して、

未確定なことは未確定であることを言わないといけないなあ。

   

積読してあった本「維新前夜」を読んだことから、

予想外な勉強ができました。

「維新前夜」・・・著者は鈴木明さん

 

今日は4月15日。再スタート2日目。

晩に長野県から帰りました。

親戚のおばあさんが89歳で亡くなり、納棺・通夜・火葬・葬儀に出席してきました。

所変われば品変わる。肩に紐をかけて、親戚みんなで協力する納棺は、初めてでした。

    

  

話変わって、病気で休んでから読んだ1冊目の本のこと。

EPSON084

1864年2月28日。江戸時代。スフィンクスの前で武士の集団が記念撮影。

この写真に誘われて買った本がありました。

「維新前夜~スフィンクスと34人のサムライ」(鈴木明著/小学館)

買ったのはずっと昔。

1989年11月10日と本にメモが書いてありました。

今は2012年。20年以上の月日が流れました。

今まで積読(つんどく)してあった本を、やっと読みました。

面白い本でした。

作者の鈴木明さんについて調べたら、

1929年生まれで2003年7月22日に亡くなられていました。

間に合わなかった!そんな気持ちになりました。

面白い本をありがとうございます。今頃読んですみません。

   

鈴木明さんに興味を持ち、その他の著作を調べました。

南京大虐殺に関する本があることを知って、さっそく図書館で借りてきました。

少し前に、上海上陸作戦について調べていました。

上海に上陸した日本軍が攻めたのが南京でした。

南京で本当はどんなことがあったのか?

鈴木明さんの本で迫ってみたいと思っています。   (次の投稿につづく)

 

 

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