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2010年6月13日

2010年6月13日 (日)

ウメの蜜ではなくて

今日頼まれて、庭のウメ(梅)の実を摘みました。

滅多にやったことがないことです。

摘んでいてウメの実から、蜜のようなものが出ていることに気がつきました。

けっこう美しい。

何だこりゃ?梅の蜜か?

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すぐに調べたくなるのが、性格。

(だから時間がなくなる)

    

これは蜜ではありませんでした。

「ヤニ果」と言われるもので、

しこりが残るために、梅の生産者には厄介なものだそうです。

※参考

「ウメ 品種・育種」

http://rms1.agsearch.agropedia.affrc.go.jp/contents/kaidai/kajyusai...
   

「晴耕雨読 - やっかいな梅のヤニ果

http://silver.ap.teacup.com/applet/onchan/166/trackback

   

    

こうやって一つ一つ解決。

井真成(いのまなり)と藤井寺市

2つ前の投稿で遣唐使のことを書きました。

吉備真備や阿部仲麻呂と同じ時に唐に渡った1人に

井真成(いのまなり)という人がいました。

この人が有名になったのは、6年ほど前のこと。

中国で墓誌が発見されたためです。

その墓誌には、遣唐使で唐に渡り勉学に励んでいたが、

残念ながら唐で亡くなったことが書かれていました。

そこには「日本」という国名が書かれていて、

これが「日本」と書かれたものの最古であるそうです。

墓誌によると、井真成がなくなったのは、734年のこと。

      

名前から推測して大阪府藤井寺市出身者と推理され、

藤井寺市では井真成市民研究会もできていろいろな活動をされているようです。

※参考:http://www.geocities.jp/imanarikenkyukai/

      

この人が登場する絵本もあるようです。2冊紹介。

     

もろこしのたからもの (きゅーはくの絵本―遣唐使)

もろこしのたからもの (きゅーはくの絵本―遣唐使)
石丸 千里

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「海をこえたルカ -いのまなり ものがたりー」(出版:芸術村)

Bookruka   

   

    

※参考:http://www.geocities.jp/imanarikenkyukai/bookruka.html    

   

手に入れて、読んでみたいです。

弱い者をたたく

昼に「のど自慢」を見ていて、「TRAIN TRAIN」を歌った人たちがいました。

この曲の、この歌詞が私にはひっかかります。

   

♪ 栄光に向かって走る あの列車に乗って行こう

  はだしのままで飛び出して あの列車に乗って行こう

    弱い者達が夕暮れ さらに弱い者をたたく

 その音が響きわたれば ブルースは加速していく ♪

     

「弱い者たちが弱い者をたたく」という状況は現実にあるわけで、

せめて教室の中ではそのようなことがないようにしたい。

ずっと思ってきていることです。

やられたストレスを発散するために、

自然とやってしまう。とても残念なことだと思います。

遣唐使船の復元/「遣唐使」の復習

ニュースで、上海万博に遣唐使船が登場したことが放映されました。

ムム?

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※5月、上海万博に向けて大阪を出港する遣唐使船    

    

    

    

これって、平城遷都1300年にちなんで復元した遣唐使船のこと?

※参考・・以前にその遣唐使船について書きました。

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2010/05/post-90c2.html

       

どうやら上海万博に登場した遣唐使船は、

それとは別のもの。

ともに実物大に復元された遣唐使船です。

平城遷都1300年というキリのよい年だからこそできたプロジェクトでしょう。

どちらの船でもいいので、実際に見てみたい、触れてみたい。

    

      

遣唐使について調べていて、

遣唐使を送りだしたのは20回だけだったのだと知りました。

(一応、社会科教師だから、以前に調べたかもしれませんが、

すっかり忘れていました/他にも12回説などもあり)

もっともっと行っていると思っていました。

    

1回目が630年。

4回目(659年)の第1船は南の島に遭難・漂着し、大使坂合部石布は原住民に襲撃され死亡。

9回目(719年)に阿部仲麻呂、吉備真備、玄昉、井真成といった後に有名になる人たちが派遣される。

12回目(752年)吉備真備が2回目の派遣。754年に帰国する際に鑑真が来日。

18回目(804年)空海、最澄が派遣される。

20回目(894年)大使が菅原道真。中止される。

20回目だけでなく、他にも6,11、14、15回目は計画されたけど停止されたようです。

(参考Wikipedia)

   

894年に遣唐使は中止されました。

その頃の唐は、874年の黄巣の乱など各地で反乱が起こって、

国は大変疲弊していました。

907年には唐は滅亡してしまいます。

そんな唐の状況を把握して、菅原道真は遣唐使中止を進言したのでしょう。

     

      

      

ブログで「遣唐使」を復習してしまいました。

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