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2010年1月5日

2010年1月 5日 (火)

「見えづらい」「見えにくい」どちらが正しいか?

(前投稿のつづき)

「富士山が見える」という文があったとします。

残念ながら見えなかった時、

「富士山が見えづらい」「富士山が見えにくい」どちらが正しいでしょう?

 

正解は後にまわして、少々お勉強。

次のサイトからのほとんど引用です。

※「NHK放送文化研究所/ことばQ&A」

http://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/qa/kotoba_qa_98010101.html 

接尾語の「…づらい」は「…するのが困難である。」という意味です。

前にくることばは、「頼みづらい・聞きづらい・食べづらい」などのように、

いずれも意思を伴う動詞が来るのが一般的です。(「頼む」「聞く」「食べる」)

それらは、本人の意思としては行おうとしながら、

思うにまかせないというもどかしさがある困難表現でもあります。

ところが、「見える・聞こえる」などの動詞は無意思性の動詞(自発動詞)ですから、

「見えづらい・聞こえづらい」といった言い方に違和感を持つのです。

一方、似たような意味の「…にくい」は、意思の有無に関係なく使われる接尾語ですから、

「見えにくい」と言うのはOKです。

「見づらい」という言い方も当然あります。(「見る」は意思を伴う動詞)

   

「富士山が見えにくい」が正解(普通)ということです。

「富士山が見づらい」という言い方もあるわけです。

    

難しそうなことを書いてきましたが、関心があると面白い内容です。

中学生の時に文法を習ったときとは違います。

   

   

    

自発動詞

(前投稿のつづき)

「自発」の助動詞を調べていたら、「自発動詞」なるものがあることに気がつきました。

Wikipediaには次のように書いてあります。

一部の他動詞に対して、独立の自発動詞を用いる場合もある。

動作主は重要でなく(もしくは不明で)、それよりも被動者を強調したい場合に、

活用形式を変えて自動詞化(脱使役化)したものが用いられる。

これを「自発動詞」と言います。    

たとえば、「私は家を建てる」の「建てる」は目的語「家」があるから他動詞。

しかし、動作主が重要でなくて省略した場合、

「建てる」が「建つ」になって、「家が建つ」という言い方をします。

主語の家が積極的な気持ちを持って自分から建つことはないことから、

「建つ」は自発動詞と言われます。

「湯が沸く」の「沸く」

「音楽が聞こえる」の「聞こえる」

「富士山が見える」の「見える」などが自発動詞。

  

思えば「家が建つ」なんて不思議な日本語です。

本当は目的語だった家が、主語に祭り上げられたのですが、

家が自分で建つわけがないわけです。

   

さらにさらに「自発動詞」について調べたらこんなこともわかりました。(つづく)

自発の助動詞「れる/られる」

昨日(1月4日)の投稿「『ら』抜き言葉をどう思いますか」の中で、

省略したことがあります。

「られる」は可能、受身、尊敬を表す助動詞

と書きましたが、正確には

れる/られる」は自発、可能、受身、尊敬を表す助動詞

です。どうして省略したか?

「れる」は、話題が「ら」抜き言葉だったので、「られる」に絞りました。

「自発」を省略したのは、よく意味がわからず、例文も浮かばなかったからです。

   

しかし今日出勤して自分で調べ、国語が専門の教頭先生にも教えてもらい、

「自発」について書いてみることにします。

   

日本語の文法における「自発」とは、Wikipediaに次のように書いてありました。

動詞の表現様式で、行為・動作を人が積極的意志を持って行うのでなく、

自然にあるいはひとりでに実現する現象・作用のようにいう表現である。

助動詞の「れる」「られる」などによって行われる。

    

じゃあ、たとえばどんな例文があるか。

教頭先生が中学校勤務の時に使った練習問題をプリントアウトしてくれました。

ぜひ挑戦してみてください。ヒントは上の青い字の引用文です。熟読を。

    

次の_線の「れる」「られる」の意味は、「受身」「可能」「自発」「尊敬」のどれにあたるか答えなさい。

1.電車の中で足を踏まて困る。       〔      〕

2.彼は皆にのけ者にされる。          〔      〕

3.山を見ると故郷が思い出される。      〔      〕

4.忙しくても、練習には出られるはずだ。   〔      〕

5.入学試験のことが案じられる。        〔      〕

6.今度転校して来られた山田さんです。    〔      〕

7.ふもとまで1時間くらいで下りられる。    〔      〕

8.先生にほめられないと、さみしいものだ。  〔      〕

    

それでは解答は、しばらく下にいた場所に。

1.電車の中で足を踏まて困る。       〔 受身  〕

2.彼は皆にのけ者にされる。          〔 受身  〕

3.山を見ると故郷が思い出される。      〔 自発  〕 これが自発の例文!

4.忙しくても、練習には出られるはずだ。   〔 可能  〕

5.入学試験のことが案じられる。        〔 自発  〕 これも!

6.今度転校して来られた山田さんです。    〔 尊敬  〕

7.ふもとまで1時間くらいで下りられる。    〔 可能  〕

8.先生にほめられないと、さみしいものだ。  〔 受身  〕

   

「自発」について調べていくと、さらにわかったことがありました。

次の投稿へ。

    

「三河のエジソン」を読む その2

(前投稿のつづき)

加藤源重さんの助手中田さんが電話をしたときに、

聖也君のおばあちゃんはこう言いました。

※引用文中の「自助具」というのが、源重さんが作った器具のことです。

   

「それが、このごろ、自助具を使わなくなってましてね。

いえね、さいしょは、喜んで使っていたんですよ。

あれを使いだして、すぐ、自転車の補助輪も取れたんですよ。

スピードを出して、みんなといっしょに遊び回りましてね。

うれしかったと思います。

さか上がりだって、前回りだって、がんばって練習してましたよ。

  

ところが、ある日、一輪車がはやりましてね。

これは、手がいらない。

それで、だれよりもはやく乗れました。

聖哉、自信を持ったようです。

  

あのときから、あの子、手をかくさなくなりました。

できないことがあっても、はずかしがりません。

できることでがんばるんだって、はりきっているんです。(中略)

   

前は、人ごみに行くのをいやがりましてね。

人にじろじろ見られるのが、つらかったのでしょう。

でもね、お祭りにも行くんですよ。

じろじろ見られても、平気で手をふって歩くんですよ。

   

このごろ、自転車は、片手で運転します。

もちろん、ケガした手をそえてますけどね。

育つって、こういうことなんですね。

おとなの心配なんか、ぼーんぼーんとふっとばして、

聖哉は自分で力をつけています。

わたしたちは、聖哉のじゃまにならないように見守っています。(106-107p)

    

せっかく作った器具が使われていないと聞いたにもかかわらず、

助手の中田さんは、「いい話を聞かせていただきました」とおばあちゃんにお辞儀をしながら言います。

電話の後、こう言います。

  

「そうか、源重さんは、やれない気持ちをとりのぞいてやったんだ。それでいいんだ。」(108p)  

   

簡単に紹介するなどと言いながら、短くまとめれませんでした。

これが印象に残ったエピソードの一つです。

事故を防げず、まだ9歳の少年の右手を失わせてしまった大人たちの気持ちがよくわかりました。

その大人たちの気持ちを受けて寝ずに器具を作った源重さんの心意気がよかったです。

そして大人の心配をよそに、自分で頑張りだした聖哉君のたくましさがうれしい。

そして中田さんの態度。師匠の源重さんの仕事の意義を理解し、「使っていない」というおばあちゃんにお礼を言えるその態度に感心しました。

人の優しさや可能性を信じてもいいんだと思わせてくれるエピソードでした。

    

なぜ加藤源重さんが呼ばれて学校で話をするのかがわかりました。

「三河のエジソン」を読む

加藤源重(げんじゅう)さん。この方の名前を最近よく耳にしました。

同じ市内の中学校の先生が、

学校に来てもらって話を聴いたとか、今度来てもらおうと思っているとか。

どんな人だろうと思ったのですが、

話題が次のことに移ってしまい、わからずじまいでした。

そしたらサークルで他市の先生が、学校に来てもらって話を聴いたと報告あり。

同じ県内の額田郡額田町に住んでいること。

体の不自由な人のために道具を発明して提供している人であること。

源重さん自身が機械に巻き込まれて右手の手のひら半分と

少しの親指を残して右手の指を失った人であること。

そんなことを知りました。

偶然は続きます。

市内の図書館に行って目にとまったのが次の本。

三河のエジソン―障害を克服する自助具の発明家 加藤源重 (感動ノンフィクションシリーズ) 三河のエジソン―障害を克服する自助具の発明家 加藤源重 (感動ノンフィクションシリーズ)

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短い期間にどんどん飛び込んできた「加藤源重」さん。    

これも何かの縁だと思って、予定外に借りてきました。

読んで、どんな人かわかってきました。

   

いろいろなエピソードをつないだノンフィクションです。

その中で9歳の聖哉君のエピソードを簡単に紹介します。

聖哉君はお店の機械に手をはさまれて右手の3分の2を失ってしまいました。

その事故のとき、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんの4人は新しいお店を開くための準備に追われ、

聖哉君が危ない所に近付いているのに気づきませんでした。

そのため4人の大人は、聖哉君に申しわけないと思っていて、

四国からはるばるやってきて、

源重さんに真剣にいろいろ注文しました。

   

「自転車に、乗せてやりたいんですよ」

おじいさんが、源重さんに会うなり言ったっけ。

「それに、トランプがやれるようにしてやりたいんです。ばばぬきとか。」

お母さんがたたみかけた。

「それと、なわとびも・・・・・。ぴょんぴょんととんでもらいたいんです。」

作ってほしいものが、たて続けに出てきて止まらない。

源重さんは、おとなたちの気持ちがよくわかった。(100p)

    

4人の大人の気持ちがわかった源重さんはさっそく仕事にかかり、

寝ないで器具を作り始めます。

四国から来ているので、ゆっくり作っていたらみんながずっといなくてはならないとも考えて。

翌日の夕方には作ってしまいました。

    

聖哉君は、器具を抱えて帰宅。

しばらくして、源重さんの助手の中田さんが聖哉君の家に電話をします。

電話に出たおばあちゃんが、このごろ器具を使っていないとのこと。

なぜか?次の投稿で。

冬休み2回目の本宮山登山

世間の「仕事始め」は昨日(1月4日)でしたが、

私の仕事始めは今日から。さあ、始まるぞ。

3学期にやりたいことをちゃんと整理して、準備をしておこう。

   

昨日は奥さんと本宮山登山。

冬休みのスタートの12月22日に登っているので、

冬休みに2回目の本宮山登山。贅沢させてもらっています。

年末年始に降った雪があることが予想されました。

    

2010年になって初めて好天に恵まれた本宮山。

頂上にある神社への参拝登山も含めて、

たくさんの登山者が本宮山に入っていました。

駐車場も車でいっぱいでした。

あらためて本宮山の人気を感じました。

知り合いにも会いました(遇いました)。

かつて教えた子、いま担任している子、そして家族。

「こんな所で出会うなんて、びっくり」

その偶然を楽しみました。

    

頂上付近はやっぱり雪。アイスバーンになっていて厄介でした。

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この風景は滅多にないもの。

スケートができるくらいよく滑りました。

でも雪は楽しい。

雪山の遭難ニュースが続きますが、ささやかな雪山に登りに行きたいです。

    

さあ、今日から仕事、仕事。

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