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2009年1月3日

2009年1月 3日 (土)

「九里四里美味い□□」という看板

昨日、愛知の山奥から自動車で下ってくる道端に、

焼き芋屋の看板があり、そこに書いてある言葉に目が止まりました。

「九里四里美味い(うまい)□□」(□□は読み取れず)

何だ?「九里四里」とは?

    

今日調べてみたら、面白いことがわかりました。

読み取れなかった□□は十三里だったようです。

つまり、看板には「九里四里美味い十三里」と書いてあったようです。

    

この言葉の意味は?2つ説があるようです。1つ目。

十三里は江戸から十三里(約52㎞)離れた川越のサツマイモをさしたという説。

「栗(九里)より(四里)うまい十三里(川越のサツマイモ)」

栗よりも川越のサツマイモはうまいよと言うことから生まれた言葉という説。

今でも川越のサツマイモは有名です。

   

2つ目。

この言葉、江戸時代からの焼き芋屋のキャッチフレーズだったという説。

江戸時代、江戸の町ではふかし芋屋しかありませんでした。

寛政5年(1793年)に江戸本郷4丁目の番小屋の番太郎が、

この年豊作だったサツマイモを焼いて売り出したのが江戸の焼き芋屋の始まりだそうです。

お店の行燈(あんどん)には「○やき」(丸ごと焼いた意味)とか、

「八里半」(栗のおいしさに近かった意味/栗の味より少々負ける)と書いていました。

焼き芋の行商は、「九里四里うまい十三里(9+4=13)」というキャッチフレーズを作って、

栗(九里)よりも、サツマイモ(十三里)の方がうまいことを表現して売ったという説。

※今回最も参考にしたのが次のサイト。

http://homepage1.nifty.com/long-life/ieshige/061008.htm

今回の焼き芋屋の看板は、2つ目の説にのっとっての言葉でしょう。

面白い看板だったんだ。

自動車で走っているときに見かけたので、じっくり見たり、写真に撮れなかったのが残念。

   

川越に「川越いも友の会」といのがあることを知りました。

サツマイモに関する小冊子を出したり、

10月13日を「サツマイモの日」と宣言したり、

サイトでもサツマイモの情報をたくさん紹介してくれています。

次のサイト「わが国の焼き芋関係年表」も素晴らしい。

http://www.jrt.gr.jp/yaki_imo/ura.pdf

そして年表を作った同じ作者が書いた「江戸・東京の焼き芋屋の移り変わり」も勉強になります。

http://www.jrt.gr.jp/yaki_imo/4-13.pdf

・1719年の記録に京都の焼き芋屋の記録あり。

・1735年、青木昆陽が江戸でのサツマイモの栽培に成功。

・明治時代に焼き芋屋は繁盛。

・石焼き芋屋が登場したのは戦後。

などなど。見ていて、読んでいて楽しい。

かの有名な青木昆陽も、サツマイモが日本に広がっていく時に関係した一人にすぎないと思えてきました。

いかん、焼き芋屋の看板から、こんなに長い投稿になってしまいました。

おつき合い、ありがとうございます。

  

「年越し雑学王」/住宅業界のチラシが多い理由

大晦日の「年越し雑学王」のことで、2つ目の投稿。

こんなクイズがありました。

「元旦の新聞に住宅業界のチラシが多い理由は?」

ぜひお考えください。

15行下に答えを書きます。

   

   

   

   

   

   

   

   

   

10行目。

   

   

   

   

答えは・・・

「家やマンションの購入は、1人では決められない」

「お正月は家族が集まるため、相談する絶好の機会。

家族が集まって相談しやすいから」

P1010004     

   

    

住友林業の人が説明していました。

なるほどと思いました。

さっそく元旦の日に届いた新聞の広告を見ました。

おっと、ハウジングセンターの広告が1枚だけでした。

もっとあることを期待していました。

皆さんの家はどうでしたか?      

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