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2007年8月8日

2007年8月 8日 (水)

失恋は「度」で数えるか「回」で数えるか

P8070014 7月15日の投稿で話題にした”数え方”にこだわる飯田朝子さんのエッセイ本「数え方もひとしお」(小学館)を読みました。

数え方にまつわる話が満載のおもしろい本でした。お勧め。

チョウの数え方は「1頭、2頭」というが、なぜだろうとこだわっています。結論はチョウを「頭」で数えるのは常識になってほしくないというもの。

失恋は「度」で数えるか「回」で数えるかについて書いた章もありました。「度」と「回」は似て非なるものとして紹介しています。引用してみます。「度」を使ったことわざの「三度目の正直」「二度あることは三度ある」「仏の顔も三度」をあげておいて、こんな文章。

「『度』は、その字が表すとおり、物事が度重なっていくという意味です。『度』で数える経験や行為は、再びそれが繰り返されては困ることや、次に起こりうる行為なのかどうかの予想が難しい場合に使います。ですから、ことわざでは、そうたびたび起こっては困ることや、次に起こりうることかどうかの予想が立てられないものに対して『十分に気をつけるように』と注意を促す教訓を含め、「度」で数えているのです。」(122p)

それでは「回」は?

「時間がたてば巡ってくる、次が予測・期待される場合に使います。『回』を使った表現として『第3回大会』『5回目の記念日』『七回忌』などのように言いますが、これらは全て『度』に入れ替えるとおかしな表現になってしまいますね。これは『回』の意味が生きているためなのです。」(123p)

したがって、失恋を繰り返したくないために、「度」で数えることを勧めています。

「当たり前に思えることでもじっと観察すると新しい何かが見えてくる」(50p)

飯田さんの探究心はこの発想でしょう。多くの人がさらりと通ってしまいそうなことにこだわり、理由や法則を見つけていく態度は、見習いたいです。

夏休みにまたいい本に出会えました。

神野ふ頭町で道徳の勉強

7日はP8070012 豊橋市神野ふ頭町で道徳の研修会。

写真のように、道路上に「神野ふ頭」を大きく書かれていました。少なくとも、この大きな字を書いた人は「なんで『ふ』なのだろう」と疑問に思ったことだろう。「ふ」は書きにくそう。

     

昨日の投稿で話題にした野口克海さんの講演を聴きました。関西弁が話を盛り上げました。関西弁はいいなあ。

「子どもは好きな人からしか学ばない」を柱に話をされました。好きになってもらう前に、こっちから好きになれ、どんな子でも好きになれといった感じ。そうだ、そうだ。

三重県の大杉谷で、学校の問題児と合宿をしたことで、上記の発想に到り、「根性をたたきなおしてやる」という気持ちから「一緒に頑張っていこう」という”同行二人”の気持ちになったそうです。野口さんの根っこは、この大杉谷のようです。(私の根っこは、就職浪人中の北海道徒歩旅行だなあ)

賛否両論あった人でしたが、講演は楽しく聴けて、勉強になりました。いいとこどりで行きましょう。

   

その後、低学年の分科会に参加。

絵本の「クレリア」(セーラー出版)を使った道徳の授業の実践報告がありました。

吉良町の先生の発表でしたが、1時間の授業を四苦八苦してつくっていく様子を、飾らない話し方で発表をしてくれました。共感できました。自分もこの授業をやってみようと思わせてくれた発表でした。

こうやって、1時間1時間の授業を悩みつつつくり、積み重ねていけば、よい成果が上がるでしょう。そう信じて行動したいです。

さっそく「クレリア」注文しよう。

   

2学期に頑張ってみたいことはたくさんありますが、上位2つは「道徳」「清掃」です。昨日は、身銭をあんまり切らずに、道徳のいい勉強ができました。

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