兵庫での2日間2・・・安徳宮
今日は1月20日。
16日の投稿のつづき。
安徳宮に行った時の写真を載せます。
上の表示版には次のように説明が書いてありました。
安徳宮
祭神 安徳天皇(第81代) 1178~1185
源平の戦で源氏に追われた安徳帝は平家一門に奉じられて
西走の途中、一の谷に内裏を置かれたと伝えられている。
この地に安徳帝のご冥福を祈るために祀られたのが安徳宮である。
安徳帝は寿永4年(1185)下関壇ノ浦の戦にて
祖母二位の尼(平清盛の妻・建礼門院の母)に抱かれ、8才で海中に身を投じられた。
御神徳 子供守護 水難厄除 学業達成
年祭4月24日
この場所が、内裏があった跡地だったようです。
細い道が入り組んだ小さな住宅街の中にありました。
この住宅街の上に「義経道」があるのですが、
時間がなくて確認ができませんでした。
その義経道に至る手前に、ヤシの木などの南洋系の植物が
ジャングルのようになっている場所があると、
歴史館のガイドさんが教えてくれました。
かつてその場所に「南洋植物園」があったのですが閉園。
そこに植わっていた植物が育っているとのこと。
それも確かめたかったです。
「義経道」「南洋植物園跡地」も、次の機会のお楽しみ。
安徳天皇といえば、この投稿に出てきた「横倉宮」も気になります。
壇ノ浦の戦いで死なずに生き延びた安徳天皇が過ごしたと言われる、
高知県越知町の神社です。 ※参考:テレビで勉強「壇ノ浦の戦い」
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