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2010年7月10日

2010年7月10日 (土)

金星とレグルス接近/自作絵本「自然のかくし絵」

   

今晩、日没後に西の空に輝く金星を見よう。

その左下にあるのが、しし座のレグルス。

今日は金星とレグルスが接近する日。

昨晩もだいぶ近かったので、今晩は期待できそう。

    

     

2年前の夏休みの実技研修会。

図工の先生に教えてもらって、絵本を作りました。

これが財産。

昨日、1学期最後の図工の時間に、絵本の作り方を子どもたちに教えました。

子どもたちは夢中になって作り、予定していた画用紙が不足してしまいました。

うれしい悲鳴。

それでは自作絵本「自然のかくし絵」を写真で。

    

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でもこの絵本の魅力は写真ではわからず。動画で見てください。

(下の写真をクリックしてください)

    

「自然のかくし絵」絵本     

    

      

今度この絵本を作って見ようと決めて、

自作絵本を探したが見つからず。

やっと当日の朝発見して、作り方を教えることができました。

こうやって写真と動画をブログに投稿しておけば、

次回行方不明になっても、あわてないですみます。

凹(オウ)にも書き順があるんだ/さらに卍(まんじ)

 0517200  

  

   

   

    

   

漢検の勉強している奥さん。

凹についていろいろ教えてもらった。

  

部首がある!

凵の部分がそうで、部首名は「うけばこ」

たとえば

凶・出・函などもこの部首。

凹の相棒の凸も、部首は「うけばこ」

   

書き順もあった。

次のサイトで見てください。

http://kakijun.main.jp/page/0517200.html

     

いやはや、部首もあって書き順もあって、

凹も漢字だったのですね。

ちなみに凹は単独では「ぼこ」とは読まず、

「凸凹」と並んで「でこぼこ」と読むようです。

   

     

    

調べていたら、何と卍(まんじ)も漢字だと判明。

部首は・・・・・・・・

何だと思います?

Manji200     

    

   

   

    

   

「十(じゅう)」です。

書き順が、もうアクロバティックです。

次のサイトを再び見てください。

http://kakijun.main.jp/page/manji200.html

総画数6画!

秒の下(?)はなぜ100進法なのだろう。

先日、バタフライ日本代表選手加藤ゆかさんの日本最高記録「57秒89」をうっていて、

疑問に思いました。

分とか秒は、60進法なのに、

秒の下(?)は100進法なのだろう。

60進法ならば、「89」はありえない。

     

きっと同じような疑問を持っている人はいるだろうと思って調べました。

さっそくYAHOO知恵袋で見つけました

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1013245935

しかし、質問した人が納得していないように、

私もここを読んだだけではイマイチでした。

でも次のサイト(同じYAHOO知恵袋)での質疑応答は良かったです。

     

(質問)

9秒99って言うタイムですがなぜ

1時間は60分

1分は60秒

なのに秒以下は100で繰り上がるのですか?

また、時計は24時間ですが100000時間があること等から、

時間以上の単位は無いのでしょうか?

      

(回答)

秒以下が100で繰り上がるのではなくて

時間の単位が秒より下がないからです

計測器の精度により1/100秒、1/1000秒まで計れるから表示も

9秒99や9秒999などとなります

また時間の単位としては「時間」より上はありません

便宜上「日」「月」「年」というのはありますけど

    

     

「秒」より下の単位はなく、「時間」より上の単位もない。

「時間」「分」「秒」で時間は表現されている。

この当たり前のことをあらためて知って、ちょっと感激。

カメラのシャッタースピードも

60分の1秒もあれば1000分の1秒もあったりとさまざまだもんなぁ。

Syata   

   

  

    

    

今日も朝から納得。

休みの日の朝は、ゆっくりこういう知識と出会えるのがいい。    

「蛤御門の変」について復習・認識

   

(前投稿のつづき)

「蛤御門の変」の説明では、次のサイトの説明がわかりやすかったです。

ここで一度「蛤御門の変」を復習・認識しておきたい。

※参考:「京都 行政書士 澁谷行政書士事務所」

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/shi-bu/kyotorekishi/hamaguri.html

    

京都御苑にはいくつ門があるか。答えは九つである。

そのひとつの蛤御門は烏丸通りに面した御苑の西側にあり、

俗に言われる「蛤御門の変」または「禁門の変」として名を馳せている。

元治元年(一八六四)に生じた歴史的大事件を指しているのだ。

前年の文久三年(一八六三)の政変において、

京都の政界を追われた長州藩尊攘派は勢力の挽回を図ろうと二千人の藩兵を率いて上京、

そこで御所を護衛する会津・薩摩両藩との激突を迎えた。

その激戦地となったのが、蛤御門の周辺だった。

戦いはわずか一日にして終わり、長州藩はまたしても敗退を余儀なくされた。

その際、長州藩の宿泊所だった嵯峨の天龍寺は、

会津・薩摩両藩の追撃を受け、焼失を免れることができなかった。(下につづく)

     

    

25pic

     

     

※NHKの大河ドラマ「龍馬伝」サイトよりhttp://www9.nhk.or.jp/ryomaden/kikou/25.html

 左:蛤御門  右:天龍寺

      

        

(つづき)蛤御門は今でも戦いの弾痕の跡を残している。

門が焼けることはなかったが、蛤御門の変がもたらした戦火は京都の町を襲い、

三日間に渡って延々と燃え続けた。

この大火は鉄砲や大砲による撃ち合いで発生した火事ゆえに

「鉄砲焼け」「どんど焼け」とも呼ばれている。

また、この蛤御門の変をきっかけに、それまで敵同士だった薩摩と長州の連合藩が誕生し、

ひいては幕府の威信低下を招くこととなった。
 

ところで「焼けて口開く蛤御門」との言葉を聞いたことがないだろうか。

実はこの蛤御門、正しくは新在家御門と言い、

元治元年の蛤御門の変では焼けることはなかったが、

天明八年(一七八八)のいわゆる天明の大火においては初めて門が開けられたのだった。

そこで焼けると口をあける蛤に例えて「焼けて口開く蛤御門」と言われるようになった。

以来、通称蛤御門と呼ばれている。

    

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※焼き蛤:「お空の下で遊ぶしねぇ?」よりhttp://osora.net/archives/747

とても美味しそうな写真です。

   

     

「ここでも道草」では、先月「蛤御門の変」について書きました。

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2010/06/post-277d.html

9月の終わりに修学旅行に行くために、

再び関心が高まってきています。   

   

        

      

   

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