« 2010年5月4日 | メイン | 2010年5月6日 »

2010年5月5日

2010年5月 5日 (水)

国分寺・国分尼寺下見2/遣唐使船にも連子窓

(前投稿のつづき)

4月29日NHK放映の「生中継 ふるさと一番」で、

平城遷都1300年祭にちなんで復元された遣唐使船を紹介してくれていました。

その遣唐使船の甲板の上に作られた部屋を見てビックリ。

連子窓でした。

遣唐大使という一番偉い人が生活する部屋です。

テレビ画面の写真を載せます。

Rimg0028    

    

    

    

    

その他この番組で出てきた遣唐使船情報。

遣唐大使は、揺れの少ない船の後ろの甲板上に部屋がありました。

その他の人たちはどうだったか?

150人ぐらいの人たちが乗船していたそうです。

その人たちは甲板下にぎゅうづめで寝ていたそうです。

Rimg0031    

    

    

     

   

櫓をこぐ人たちの場所は、何と船体の外側にありました。

命がけの仕事だったわけです。

  Rimg0033_7

   

   

   

      

    

さらに、遣唐使船が、唐から日本に伝えたと言われているものが3つ紹介されていました。

お茶、 うどん、ミカンです。

うどんもそうだったんだ。

    

けっこうためになった番組でした。

      

国分寺・国分尼寺下見/連子窓

5月の下旬に子どもたちを連れていく国分寺・国分尼寺。

先日下見に行ってきました。

私自身、今まで行ったことがない場所だったので、

興味深く見てきました。

どのように事前学習をやったら、子どもたちは有意義な見学ができるか?

いきなり連れて行ったら、子どもたちはきっと集中力をなくします。

いい見学にするための事前学習の内容をしっかり考えたいです。

     

このブログは資料置き場的目的もあるため、

これからちょくちょく国分寺・国分尼寺の資料を掲載します。

      

豊川市国分尼寺跡に復元された中門です。

Rimg0090_2    

    

    

    

   

門の左右に回廊があるのですが、

その窓に特徴があります。

Rimg0090_3    

   

    

     

     

窓枠の中に、緑色に塗られた材木が縦に何本もはめられています。

国分尼寺が作られた奈良時代の頃は、

緑色(青色)に塗られるのが一般的だったため、

中門復元の際には、緑色に塗られたそうです。

この窓には名前があります。

「連子窓(れんじまど)」です。

1本1本の材木は、連子子(れんじこ)と呼ばれます。

奈良時代には隙間があいていますが、時代がたつにつれて、

この隙間は狭くなっていったそうです。

連子子の隙間がなくなった窓を、「盲連子(読み方不明)」と言うそうです。

   

以上の内容、参考にしたのは次のサイト

※「窓のお話」http://www.eonet.ne.jp/~kotonara/madonohanasi.htm

   

次のサイトを見ると、東大寺金堂(大仏殿)の連子窓を見ることができます。

※「フォト広場/連子窓」http://smcb.jp/_tas02?taid=583760488

緑の連子窓、白い壁、朱色の柱は当時の定番です。

「青丹よし(あおによし)」という言葉が出てきます。   

これについても後日投稿したい。(次の投稿につづく)

   

   

最近の写真

  • Img_8423
  • Img_8422
  • Img_8421
  • Img_8420_2
  • Img_8419
  • Img_8416
  • Img_6737
  • Img_6736
  • Img_8307
  • Img_8322
  • Img_8321
  • Img_8320

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉