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2026年1月28日 (水)

20250309納古山/空ふさがり① 車を駐車した場所にあった車掌車

    

今日は令和8年1月28日。

  

昨年、令和7年3月9日に登った納古山に登り、

空ふさがりに行きました。

今更ですが、ここに記録を残します。

  

納古山は2回目。

今回は木作谷を通るコースで登りました。

Img_6700

ここに自動車を駐車しました。

この家の隣には、古い車両がありました。

Img_0275

Img_6703

昨年3月のことなので、この場所を特定するのに時間がかかりました。

グーグルアースで見つけました。

ここです。

Img_6702  

ストリートビューの写真も載せます。

Img_6701 

ちょっと暗っぽいけど、家があり、その横に古い鉄道車両があります。

  

気になる場所です。

この古い鉄道車両はなぜここに来たのか。

  

Google Geminiに聞いたことをもとに、

自分でも調べたことをまとめます。

  

この車両が製造されたのは、昭和25年〜33年頃に製造されたもの。

貨物列車の最後尾に接続されていた車掌車でした。

役目はブレーキ操作や貨物車両の監視です。

その車掌車は、途中で改造されましたが、継続して

最後尾に連結されていました。

それが変わったのが、昭和61年(1986年)のこと。

貨物列車のシステムが変わり、原則として車掌車の連結が廃止されました。

機関士1人で運転できる仕組みが出来上がったことによります。

これにより、全国で大量の車掌車が不要(廃車)となりました。

車掌車は屋根があり、丈夫にできていたので、

この廃車を手に入れた人たちがたくさんいたのです。

その中の1台が、この場所にきた可能性が高いです。

車輪を外した旧鉄道車両は「ダルマ」と呼ばれます。

これもダルマです。車掌車はデッキから中に入ります。

車掌車は窓があったのが良かったようです。

今年で40年の月日が経ちます。こうなってしまうのですね。

 

  

車掌車はすごく思い出深いです。

私が小学生だった昭和40年代。

小学校に行く手前にある国鉄の踏切は、タイミングが悪いと、

とても待たされます。

とっても長い貨物列車が踏切を通過するのを待つからです。

何両ぐらいあったのかは覚えていませんが、とにかく長い。

物流の中心が、当時は貨物列車だったためでしょう。

最後に、真っ黒い箱の車両が来ると終わりでした。

それが車掌車だったんだろうなあ。

「ああ、これで終わり!」と思わせてくれる幸せの車両でした。

 

そんな昔話をイラストにして欲しいと、

Google  Geminiに頼みました。

出来上がったのがこの絵。

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全然登山に関係ないことから始まった登山報告でしたね。

こんな道草をすぐにしてしまうのが私の悪い癖。

 


  

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