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2018年2月

2018年2月18日 (日)

「21世紀脱・学校論」からの引用/インターネットの登場

 

今日は2月18日。

 

前投稿に続いて「すべての教育は『洗脳』である 21世紀の脱・学校論

(堀江貴文著/光文社新書)から引用します。

  

当たり前にやっている仕事を見直すには、いい本です。

  

どんどん引用します。

  

何のために何をするのか、どんな風にするのか、

すべてを自分で決め、自ら責任を負いながら突き進む力。

新しい時代を楽しく生きるために必須のこの能力を、

僕はシンプルに「没頭する力」と呼んでいる。

(84P)

  

没頭する対象なんて、その気になればいくらでも見つかる。

あなただってきっと、すでに出会っている。

でも、自分で自分にブレーキをかけているのだ。

「こんなの、できっこない」と。

どうしてわざわざ自分にブレーキをかけるのか?

答えは簡単だ。「学校」でそう洗脳させられたからである。

学校は、あの手この手を使って、子どもたちの欲望に

ブレーキをかけさせる。

そして、急ブレーキによって人生にエンストを起こさせるような

この介入のことを、傲慢にも「指導」などと呼んでいるのだ。

(86P)

  

自分で行き先を決め、アクセルを踏む生き方のためには、

「学び」が不可欠だ。 (中略)

僕が言う「学び」とは、没頭のことだ。

脇目もふらずに没頭し、がむしゃらに取り組める体験のすべてが

「学び」だと僕は思っている。

だから、没頭する対象は数学や英語、料理だろうと、

ダンスだろうと何でもあり得る。

すなわち、その人が心から没頭できていれば、対象は何であれ、

僕はそれを「学び」ととらえる。

(88P)

  

堀江さんは、学校や企業で行われる「お勉強」と、

「学び」は違うと言う。

「お勉強」は受動的、正解あり、カリキュラムあり、

イノベーション(革新?)の可能性なし、楽しさなし。

「学び」は能動的、正解なし、カリキュラムなし、

イノベーションの可能性あり、楽しさあり。

「お勉強」をする者たちの目的は、

「与えられた課題をこなし、大人に認められること」だけだと

断じています。

  

残念ながら学校は、こうした学びの本質を教えてくれない。

むしろ、子どもたちから没頭する機会を奪うことばかりに

力を注いでいるのが現状だ。

象徴的なのが、学校教育を覆う「オールB」思考である。

たとえば、5教科のうち1教科だけがA評価であとはE、

という生徒のことを普通の教師は褒めない。

どれだけその1教科に飛び抜けた才能があろうと、

教師は不出来だった4つの教科について彼を咎める。

国語しかできない子は、こんな風に言われるだろう。

「あなたは理系科目が弱点だから、数学や理科をもっと頑張りなさい」

これが「美術だけ」「体育だけ」になると、

教師の評価はもっと辛くなる。

主要科目以外の特技に打ち込む生徒は、

学校から見ればただの落ちこぼれでしかない。

野球に没頭すれば「野球バカ」と言われ、

化学に没頭すれば「化学バカ」と呼ばれる。

没頭している何かについての価値判断より、

できていない部分の量によって「バカ度」を測られるのが

学校という場なのである。

(93P)

これは受験を意識するかな。

将来高校受験で困らないように、

どの教科にも苦手意識をもってほしくない気持ちはあります。

「やってみたら面白いよ」「まずはやってみよう」

という気持ちがありますね。

でも、なにもかも「面倒!」「やりたくない!」という子どもが

「これって面白い」と思える教科を見つけた場合は、

しっかり応援したいです。

実際、今目の前にいる子どもがそうです。

理科が得意なんだとこの1年で思ってくれました。 

  

堀江さんは、インターネットの登場によって、

世の中が変わったと考えています。

  

G人材(グローバルな活動範囲もつ人)の最大の特徴は何か。

それは実は「所有からの解放」にある。

彼らは、「所有」に価値を置かずに生きることができるのだ。

(中略)

インターネット登場以前における「豊かな人生」の条件は、

なんといってもモノの「所有」、ストック量だった。

お金や土地、家、車など、みんなが欲しがるモノを

どれだけ多く手元に置いているか。

これが社会における絶対的なステータスであり、

人の幸福度を左右する重大事項だったのである。

こうした価値観は、今もなお多くの人々が引きずっている。(中略)

しかしインターネットの登場によって、

この価値観はすでに崩壊している。(中略)

今インターネットビジネスを「虚業だ」と鼻で笑える人はいない。

インターネットは、人とあらゆるモノ、

そしてモノ以外を繋ぐ最強のインフラとなった。

G人材とは、このことを心から理解し、

最大限に利用している人たちのことを指す。

だから彼らにとって、一番大切なのは、モノではない。

情報だ。

(60~61P)

  

情報というと、ニュースのようなものを思い浮かべる人が多い。

日経平均株価が何円上がったとか、あの企業はそろそろ

上場しそうだといった内容のものだ。

これはつまり、各種印刷物や伝聞から得られる知らせということになる。

でも、現代のおける情報の意味合いはもっと多様だ。

メールもLINEも、グーグルマップも路線情報アプリも、

すべてが情報としての価値を持つ。

こうしたツールの特徴は、「所有」しなくていい、ということだ。

お金を出して手元に常備しておかなくても、必要な時にはただ、

インターネットを通じてそれに「アクセス」するだけですむ。

ひと昔前まで、情報もまた「所有」することに価値があった。

みんなが知らない情報をたくさん持つことは権威の象徴だったし、

高等教育によって得られる知識もSの一種だったと言える。

それがインターネットの登場によって大きく変わった。

情報は、「所有すべきもの」から、「アクセスすればいいもの」へと

変化を遂げたのである。

だからG人材は、「所有」よりも、「アクセス」をベースに

自分の生活を豊かにしようとする。  

(61~62P)

  

こうした時代を象徴するアプリ「スナップショット」が紹介されました。

インスタグラムやツイッターと違って、上げたデータが最大でも

24時間で消滅してしまうというもの。驚きです。

友人相手なら、閲覧時間を10秒伊以内に設定することもできるそうです。

そんなの面白いのと思ってしまいます。  

堀江さんはこう書いています。

  

「データがすぐ消えるなんて」と戸惑うのは、

所有やアーカイブにこだわる古い世代だけだ。

ネットネイティブ世代は、「画像がすぐ消える世界」の価値を

直観的に見抜く。

(63P)

  

私は古い世代ですね。

やっぱりこのブログのように、書いたものは残しておいて、

再度見ることを前提にしています。

繰り返し読むことで、身につくと思っています。

こんなことが以前あったなと、

昔を思い出すときのきっかけにしたいとも思っています。

うわあ、「所有」「アーカイブ」派です。

堀江さんは、さらに書きます。

  

数秒で消えるなら、どんな変顔写真だろうが

お互い瞬間的にネタにして終わりにできるし、

データが残って「黒歴史」になることも避けられる。

毎日「いいね!」を稼がなければ、フォロワーを増やさなければ

というストレスもない。つまり、どこまでも気楽なのだ。

彼らにとって、余計な情報やモノは、むしろウザいゴミにすらなる。

(63P) 

  

ゴミかあ~。

データをストックするのではなく、純粋に見てその瞬間楽しむことに

注視したことで、ヒットしたアプリでした。

発想が違う。 

今はネットを使えば大抵の調べ物や勉強はできる時代。

「自分にはここが欠けている」と思ったら、

その場で瞬時に埋めることができる。

学校を順当に卒業しなければ得られない教養など、

もはや存在しない。

ならば、「好きなように生きて、わからないことがあったら

そのつど調べる」でいいのではないのか?

(101P)

 

これは大賛成。

インターネットは調べることをスピーディにしてくれて、

行動は早くなったと思います。

インターネットの普及は、それまでの価値観を変えています。

学校教育だって、もっと変わるべきだとは思います。

学校にも、企業にあるような開発部が必要だと思います。

そうでないと、民間の塾産業のほうが教材や指導方法が優れ、

学校には来ない子どもが出てきそう。

 

もう少し引用したい。続く。

「21世紀脱・学校論」からの引用/「学校」の歴史

 

今日は2月18日。

  

前投稿に続いて「すべての教育は『洗脳』である 21世紀の脱・学校論

(堀江貴文著/光文社新書)から引用します。

  

僕もすくめ、一般的な学校教育を受けた人たちは皆、

「いざという時」のために学校に通わされ、

役に立つか立たないのかわからない勉強をさせられてきた。

その間はもちろん、やりたいことを我慢し、

やりたくないことも受け入れるしかなかった。

たとえば、受験、就職、キャリアアップ。

あるいは結婚、出産、子育て。

さらには定年退職、老後。学業だけではない。

多種多様な「いざという時」に備えて今は我慢しなさい、というのが

大人たちの理屈だ。  (6p)

  

 

ちょっと違うように思えます。

我慢するのは、その後に楽しいことが待っているという気持ちが強いです。

今は我慢の時。それを過ぎれば、楽しい時、

つまりやりたいことができる時が来ると信じていたと思います。

 

 

「やりたいけど、やらない」人たちの脳裏にあるのは、

「自分がまだ実力不足だから」という自己否定に他ならない。

やりたい、動き出したい気持ちはある。

右足はなんとなくアクセルペダルを踏んでいる。

でも同時に、左足でブレーキペダルをベタ踏みしている。

しかし、そのことに気づけない。

我慢が習慣化しているからだ。

学校教育が作り出すのは、こうした無自覚の習慣に他ならない。

(7p)

  

この文章は共感できるところがあります。

やりたいことがあるのに、今の自分はそんなことをやっていると

後ろ指を指される仕事しかやっていない。

仕事に対しての自信が、この年になってもなく、

それが今やっている仕事以外のやってみたいことをやることに

ブレーキペダルを踏んでいるのだと思います。

  

昨日も山登りを誘われていたのに、断りました。

岡崎の瀧山寺の鬼祭りがあったのに、行くのをあきらめました。

何をやっていたかというと、勤務校に行って、

教室の片付け・整備をしていました。

それはそれで、やり遂げた感は味わえましたが、

やりたかったことは後回しにしました。

今日、ポックリ死んでしまったら、後悔するだろうなあ。

でもこれって、昨日の仕事が「我慢」になっているんで、

問題ではあります。

  

  

なぜ学校は恣意(しい)的な(勝手な)常識を

人に押し付けようとするのか?

その常識によって、どんな人間を育てようとしているのか?

一言でいえば、従順な家畜である。

社会は、とくに旧来型の企業では、従順な働き手を求めている。

したがってその養成段階であう学校で

子どもたちに道徳規範を叩き込まれ、

学力という形で「従順さ」に点がつけられていく。

受験のため、卒業のため、就職のため、どんな理不尽な勉強にも耐え、

ひたすら情報処理能力を磨いていく。

そんな従順さの指標が、受験社会における「学力」だ。

企業からすると高学歴な人間は、理不尽な作業への

耐性が強いという判断になる。

いまだ体育会系の学生へのニーズが高いのは、

要するに「従順さ」と「理不尽への耐性」が強いとみなされているからだ。

(21p)

 

学校は、そこに通う人間を、とにかく「規格」どおりに仕上げようとする。

建前上は「個性を大切にしよう」「のびのび育ってほしい」などと言うものの、

その裏にはいつも「ただし常識の範囲内で」という本音が潜んでいるのだ。

(22p)

 

教師は子どもたちに同じテキストを暗記させ、

同じ数学の問題を解かせ、同じルールで採点していく。

赤点を取ったり、問題行動を起こしたりした子どもは、

どうにか「規格内」になるように尻を叩く。

そして「会社」に納品する。

(23p)

  

堀江さんは、学校誕生の歴史に触れていきます。

  

一定の年齢に達した国内の子どもを1箇所に集め、

読み書き計算を教える。

こうした学校制度の基礎は、19世紀、

つまり産業革命期のイギリスで生まれた。

当時のイギリスは、ヨーロッパの覇権をいち早くつかみつつあった。

そして重火器の発明や、その大量生産を可能にする工業力増強の動きが、

社会に産業革命をもたらした。

この時庶民は、「大量生産を目的とする工場で労働し、その報酬をもらう」

という新しい働き方を得た。

そして、工場を作る資本を持つ富裕層、つまり資本家たちは、

「いかに大勢の働き手を集め、効率よくマネジメントしていくか」という

課題を抱えることになった。

「会社」的な世界観のはじまりである。

(23~24p)

  

工場の誕生によって、古くからの家庭内手工業に従事していた

職人たちが一斉に職を失う。

同時にその子どもたちも、「親の後を継ぐ」という道が閉ざされ、

文字通り路頭に迷った。

産業革命以前、子どもは立派な労働力の一部であって、

保護する対象ではなかった。

だから(産業革命)当初、子どもたちは大人と同じように

工場で働かされ、劣悪な労働条件や大気汚染の中、

猛烈な勢いで死んでいった。

さすがにこれではまずいということで、

政府が主導して作ったのが「学校」である。

学校の大きな役割は2つあった。

1つは子どもの保護。

そしてもう1つは、彼らを「望ましい工場労働者」へと

育てあげることだ。

(24P)

  

学校はもともと、子どもという「原材料」を使って、

「産業革命に適応した大人」を大量生産する

「工場」の1つだったのである。

今の学校も、この原則はまったく変わっていない。

学校で押し付けられるのは、「工場=会社」の

予行演習のようなことばかりだ。

たとえば時間割の厳守、全体行動、一方的な評価、

ボス=教師の言うことへの服従・・・・。

そして今の子どもたちも、雇用者にとって管理が楽な

「望ましい労働者」としての規格からはみ出ないよう、

「常識」せっせと教え込まれているのである。

(25P)

 

  

今のような「学校」が存在するのは当たり前とは思いません。

教えるー教えられるの関係はあったと思いますが、

今の「学校」のように、たくさんの子どもたちを

強制的に集めて教えるー教えられるシステムは、

確かに歴史は浅いと思います。

だから、「学校」がこれからも今のままではないと思います。

これから変わっていくのでしょう。

堀江さんはもうこれからの「学校」が見えるのかもしれません。

   

ただ私は「望ましい労働者」を育てている発想はあまりありません。

確か澤口俊之さんが言っていたと思いますが、

人生を幸せに過ごさせるためだと思っています。

本人だけでなく、本人と関係する人たちをも幸せにする

そんな人物を育てたいです。

そのために澤口さんはHQ(人間性知能)を育てることを

提唱しています。

今の世の中、これからの世の中の仕組みを教師はきちんと認識して、

子どもたちが上手に対応し幸せになれるように育てたいです。

澤口さんの考えを書き留めたことあり↓

※参考:ここでも道草 「『やる気脳』を育てる」からの引用(2013年6月28日投稿)

※参考:ここでも道草「『やる気脳』を育てる」からの引用 その2(2013年6月29日投稿)

2018年2月17日 (土)

「21世紀脱・学校論」からの引用/「我慢しない人」を軽蔑する文化

今日は2月17日。

  

 

すべての教育は『洗脳』である 21世紀の脱・学校論

(堀江貴文著/光文社新書)から以前投稿しました。

ここでも道草 「オールドルーキー」の歌詞の意味は、「過去を再利用しない」ということ?(2018年2月13日投稿)

 

今回もこの本からの引用です。

「脱・学校論」というだけあって、教師の立場からどう思うかを

次から次に問われるような内容でした。

  

最初に断っておくと、僕は「我慢」が大嫌いである。

やりたいことがあったらすぐに行動に移すし、

やりたくないことは極力やらない。

現状に不満があるのにひたすら我慢するなんてありえない。

ただし、一度やると決めたことについては全力でやり抜く。

そのための「努力」は惜しまない。

この場合の努力とは、我慢とはまったく別物だ。

僕の言う努力とは、どうしてもそれがやりたくて、

誰に何を言われても走り続けること。

足を止めないこと。

つまり「夢中になること」なのだ。

日本には、僕のような「我慢しない人」を軽蔑する文化がある。

そして「我慢強い人」を褒め称える文化がある。

どんなに不満があっても、どんなに理不尽な状況に置かれても、

それを耐え忍ぶことを美徳とし、耐えしのいだ先にこそ

「成功」が待っているかのような言説がまかり通っている。

ほとんどマインドコントロールに近い不条理なこの呪いが、

この国全体を覆っている。

その原因は何か?  (5p)

 

5pはここで終わっていて、その原因については、

ページをめくった6pに書いてある状況です。

原因は何だと思いますか?

もう予想がつきますよね。

それではページをめくります・・・・

  

「学校」なのである。

旧態依然とした学校教育の中で、日本人は洗脳されている。

やりたいことを我慢し、自分にブレーキをかけ、

自分の可能性に蓋をすることを推奨する恐ろしい洗脳が、

白昼堂々なされているのが今の学校なのだ。 (6p)

  

 

「我慢しよう」とは日頃、教室でよく言う言葉です。

でもそれが「子どもたちの可能性に蓋をする」つもりは毛頭ありません。

でも「我慢しよう」は言っています。

人には我慢できる力は大事だと思っています。

あるときは我慢して頑張れば、その後は楽しいことが待っている。

そんな使い方をするかな。

我慢せずに、やりたいことだけをやっていては、

将来生活に困ってしまう大人になってしまい、

もし家族をもっていたなら、家族も不幸にしてしまう大人になると

考えてしまいます。

そう考えるのは、私自身も洗脳されてきたからでしょうか?

 

自信をもって「違う!」と言えないところがあるなあ。

  

続く

2018年2月15日 (木)

20180203観音山報告その2/昭和31年生まれの送電鉄塔

今日は2月15日。

  

2月3日に登った浜松市の観音山の報告。

  

山で出会った送電鉄塔の写真です。

Rimg1861

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Rimg1863  

送電鉄塔のあるところは、送電線展望台と名付けられていました。

送電線があるために、樹木は切り開かれていて、

見晴らしのいい場所でした。

しかし、私がここで注目したのは、

遠景ではありませんでした。

送電鉄塔にあった表示です。

Rimg1860

Rimg1860a

 「昭和31年1月建設」と書いてあります。

昭和31年! 西暦で1956年。

62年前の送電鉄塔? そんなに年数が経っているのに現役?

ビックリしました。

そもそもそんなに古くから、送電線の必要があったの?

その辺りが全く不明。

家に帰ったら調べようと思っていました。

今頃実行。

 

ここに答がありました。

技術探索 送電鉄塔の歴史

ここで見ることができる論文(本郷栄次郎著)によると、

初めて送電鉄塔ができたのは、1907年のことだそうです。

100年以上の歴史がありました。

 

次のサイトも参考になりました。

中部電力 31000基の鉄塔を見守る

ここから引用します。

  

適切なメンテナンスをおこなえば、

鉄塔は100年以上もたせることも可能です。

鉄塔は、風雨や直射日光にさらされるため、

防食性の高い亜鉛めっきを施していますが、

それぞれの建設地点における自然環境の影響により、

時とともに劣化していきます。

山地では40~50年も亜鉛めっきの効果が保たれる鉄塔もありますが、

沿岸部では海塩による腐食により建設後10年ほどで

補修(塗装)が必要となる場合もあります。  

(中略)

経年劣化のスピードは鉄塔ごとに異なるため、

1基ごとの状況を確実に把握し、

その健全性を保っていくことがますます重要です。

中部電力では1年に700基ほどの鉄塔に塗装を施し補修をしています。

  

  

100年以上もたせることが可能とあります。

私が見た鉄塔は62年。まだまだ。

そしてこの鉄塔は塗装されていました。

Rimg1866  

そうなると、100年以上頑張る送電鉄塔になるかも。

私より5年早く生まれた送電鉄塔ですが、

私より長生きするんだあ。

  

  

私が生まれてからあくせく生きてきましたが、

その間この鉄塔はずっとここに立っていたんだよなあ。

お疲れさん。

これからも頑張って。

2018年2月14日 (水)

今日は何の日クイズ 2月14日「〇〇”〇の日」

今日は2月14日。

  

今日は何の日?

もちろん「バレンタインデー」ですが、

学級でやった「今日は何の日クイズ」では、

「〇〇”〇の日」で尋ねてみました。

「『〇〇”〇』に何が入ると思いますか?」

  

子どもたちに出したヒントととして、

  

2 1  4

〇 〇” 〇

 

と板書しました。

最初の〇は「2」、次の「〇”」は「1」、

最後の「〇」が「2」に関する文字が入ることを言いました。

子どもたちからは「にいし」「ふいよ」「にいよ」「にじし」

などが出てきます。

厄介なのは「1」をどう読むかです。

「1」を「いち」「ワン」と読んでいては、

答えに行きつきません。

10の位であることから「じゅう」と言えれば、

ほんの少し正解に近づけます。

「にじし」は「じゅう」から生まれた発言でしょう。

  

「にじし」という発言は有効です。

「にじし」は意味がない言葉ですが、

その響きは十分ヒントになります。

「『にじし』と言うのはいいヒントになっているよ」

と言うと、子どもたちは考えます。

そして「にぼし」だ!と気づきました。

  

そう今日は「煮干し(にぼし)の日」です。

 

「今日は何の日クイズ」の面白さは、

みんなでたくさん考え、発言し、多くの間違いをした後に、

それまでの間違いをヒントにして正解に行きつく過程です。

今日もその流れがありました。

 

ちなみに「1」から「ぼ」は連想しにくいです。

「1」を「棒(ぼう)」と見なして、「ぼ」なのです。

そんな馬鹿な!と言いたくなる理由です。

ここでは終わりません。

「煮干しは、いろいろな魚でつくられますが、

一般的には〇〇〇〇〇〇〇という魚からつくられます」として

問います。正解は「カタクチイワシ」です。

  

  

さらに問います。

「イワシ」は漢字で書くと魚偏の横に何と書きますか?

正解は「弱」です。「鰯」と書きます。

  

  

次いでにもう一つ。

「鱈」は何と読みますか?

正解は「タラ」

寒い日に食べるといい鍋。その鍋で「タラ」をたべるとおいしいよね。

  

そんな話をして・・・・国語の教科書を開かせました。

  

  

「煮干し」を知らない子がいました。

明日は実物を持っていこう。見せたいね。

Sl_2133 https://tkjm.jp/kanbutsu/1362/

おっと、ビックリ。

6年前にも「煮干しの日」のことを書いていました。

ここでも道草 2月14日は「煮干しの日」でもあります(2012年2月13日投稿)

私にとっては気になる「何の日」のようです。

2018年2月13日 (火)

「オールドルーキー」の歌詞の意味は、「過去を再利用しない」ということ?

 

今日は2月13日。

  

竹原ピストルさんの曲「オールドルーキー」の歌詞について

以前、記事を書きました。

ここでも道草 昨晩から今朝にかけて触れた言葉その3/大晦日にたくさんの人が撃たれた(2018年1月11日投稿)

なかなか刺激的な歌詞です。

あらためて一部引用します。

  

積み上げてきたもので

勝負したって勝てねぇよ

積み上げてきたものと

勝負しなきゃ勝てねぇよ

(中略)

  

いやはや丸くなったよ。。

って笑ってりゃあ そりゃあ酒もやさしくなるさ

だけど俺はやめたんだ

そういうのをもうやめたんだ

オールドルーキー

  

何度でも立ち止まって

また何度でも走り始めればいい

必要なのは走り続けることじゃない

走り始め続けることだ (後略)

  

 

最近読んだ本に、共通した考えがある文章を発見したので、

ここに引用します。その本は

すべての教育は『洗脳』である」(堀江貴文著/光文社新書)です。

  

【過去を再利用しない】

(中略)

自分が今までの努力で得てきたものを、なんとか未来にも活かしたい。

そこに費やしてきた時間を無駄にしたくない。

そういった未練とは潔く手を切ってほしいのである。

あくまでも、「今」あなたが何をしたいのかが出発点だからだ。

メルマガに寄せられる定番の質問に、こういったものがある。

「私は会計士の資格を持っています。

とりあえずこの資格を活かせることをやろうと思うのですが、

何かいいアイデアはないでしょうか」

自分は会計士だ。だから会計士の資格を活かせることをやる。

真っ当な発想に見えるかもしれないが、実はまったくなっていない。

なぜならここには、本人の「これがやりたい」という動機が

一切ないからだ。順序は常に「好き」「やりたい」という動機が

先でなければならない。

この相談者の「やりたいこと」に、会計士資格が活かせるのであれば

もちろんそれでもいい。

しかし、「とりあえず」を理由に何かを始めても、

同じことを「やりたくて」やっている人には絶対勝てない。

「大好きだからやりたい」と

「特別やりたいとは思っていない」の間にある壁は

想像以上に高いのだ。  (155~156p)

 

 

つまり、自分のやってきたことや、すでに持っているものから

「やること」を決めてはいけないのだ。  (中略)

もしかしたら「一見使えそうな」スキルや経験があなたにあるかもしれない。

でも、「これを素材として活かす事業でなきゃダメだ」と思っているのなら、

むしろ捨てた方がいい。

それは、あなたの本当の「やりたい」を妨げる持ち物だからだ。

(中略)

「過去を活かす」のは一見、「経験を無駄にしない」ことのように思える。

でも、それは錯覚だ。

過去は、ただ過ぎ去った時間でしかない。

「再利用できる資源」ではないのだから、それを無理に活かす必要はない。

過去を元手に決断すれば、その時点であなたの可能性は100分の1、

1000分の1に縮まってしまうだろう。  (157~158p)

 

「オールドルーキー」で、きっとこういうことかなと思ったことが、

堀江さんの文章を読んで、こういうことかとわかった気がします。

でも難しいなあ。

何か始める時には、「本当にやりたい」と思っているか、

過去の蓄積に頼っていないか、自問しなければならないと思う。

  

  

今やり始めようとしていることがあります。

情報に関する、動画教材に関することです。

さっそく自問しています。

過去の経験は参考にしています。

過去の経験から、こういうことをやりたいと思うようになりました。

過去の経験がなければ、思いつかないことです。

過去の蓄積の再利用はねらっていません。

「やってみたい」気持ちは確実にある。大丈夫。

2018年2月12日 (月)

20180203観音山報告その1/大王松かな?/花図鑑リニューアル

今日は2月12日。  

2月3日に仲間と久々の登山。

浜松市の観音山を登ってきました。

  

その時のことを書きます。

  

同行した方が、この登山報告を「ヤマレコ」にアップしています。

ヤマレコ 観音山(浜松市:久留女木の棚田経由で周回)

どのようなコースを歩いたかは、そちらでわかります。

私は付け足しで書きます。

  

途中でかわった松を見ました。

  

Rimg1911

Rimg1912

Rimg1916  

以上私が撮影した写真。次の写真は同行者の方の写真↓

Photo_2  

とにかく葉が長い。

 

調べてみました。

どうやら「大王松(だいおうまつ/だいおうしょう)」という松のようです。

英名はlongleaf pine(長い葉のマツ)。北アメリカ東南部が原産地。

松ぼっくりが巨大なようです。

  

地元の豊川市にある豊川稲荷でも大きな松ぼっくり取れることで有名。

そうなると、豊川稲荷にあるのも大王松?

 

なぜ写真のように大量に大王松があるのでしょう?

大きな松ぼっくりを取って、売るのかな?

長い葉を取って売るのかな?

盆栽で使われるようです。

生け花でも使うようです。

需要はありそうです。

こんな写真がありました↓

Dscf5323 ちぃ道場〜なんたって好日〜 お正月の花(松、竹、アンスリウム)

  

  

久々に「みんなの花図鑑」を訪れて、

この松のことを教えてもらおうと思ったら、

すっかり様変わりしていました。

みんなの花図鑑 powered by goo

せっせと投稿した写真は、全て消えてしまいました。

久々だったのがいけなかったです。

もっと早く訪れていたら、投稿した写真のデータの引っ越しもできたのに・・・。

残念。

昨年の9月1日に変更されたようです。とっくの昔のことでした。

  

初めての整体に行く予定/本證寺に行きたいなあ

今日は2月12日。

  

今日の午前10時から、生まれて初めての整体に行ってきます。

腰痛で苦しむ私の姿を見て、周囲の人から整体に行くことを

何度も勧められましたが、今までは一度も行きませんでした。

でも、昨年の腰痛はちょっと今までとは違う痛さでした。

まずは足の付け根上付近が痛み、

その痛みと表裏した腰下付近が痛烈に痛みました。

お医者さんからは「仙腸関節」の痛みと診断されました。

ここでも道草 今回の腰痛は辛い!/「仙骨」「腸骨」の語源(2017年10月25日投稿)

これはどうにかしないといけないと思うようになり、

今回整体に行く決心をしました。さあどうなるか?

  

  

 

整体に行った後に、息子と名古屋に行く用事があり。

その帰りに、安城市にある本證寺に行きたいと思っています。

大河ドラマ「おんな城主 直虎」の「直虎紀行」(昨年10月15日放映)で

紹介されたお寺です。

直虎紀行 愛知県安城市 本證寺

徳川家康の家来である本多正信に関係するお寺です。

1563年に起こった三河一向一揆。

家康の家来であった正信は、一向一揆の一向宗側について戦いました。

なぜ正信は、一向宗側についたのか?

本多家は貧しく、家康ではなく仏の力にすがったとか、

その頃はまだ家康との絆ができていなかったという説があります。

一向宗が立てこもった拠点のひとつが、本證寺です。

寺は内堀と外堀、二重の堀に囲まれ、敷地内に今も残る土塁が、

当時の様子をとどめているそうです。それを見てきたい。

  

  

翌年一向一揆は家康に負けます。

家康の家来で、一向宗側についた者たちは許されて、

再び家康の家来になりました。

しかし、本多正信は家来に戻らず、諸国を放浪したと言われます。

その中で、松永久秀にも仕えたようです。

戦国時代の稀代の戦略家である久秀に仕えたことで、

正信は多くのことを学んだのではという説があります。

久秀が正信のことを次のように褒めているそうです。

「剛に非ず 柔に非ず 非常の器である」

良い褒め言葉です。

  

 

こうして20年近く諸国を放浪した正信は、家康の元に戻ります。

その後は、家康の天下取りの参謀として活躍します。

以上の正信に関する記述は、次の番組を参考にしました。

※参考:「にっぽん!歴史鑑定 徳川家康の知恵袋 本多正信」(2018年2月5日放映)

  

「おんな城主 直虎」がきっかけで、本多正信のことを知ったと思います。

名前を聞いたことはあっても、このような素性を知ったのは初めてです。

気になったお寺、本證寺を見てきたいなあ。

内堀、外堀の位置はどうだったのか?

内堀は、今も残っていて地図でもわかりやすいです。

Photo

Yahoo!地図

  

外堀は?

この地図がいいです。

Tyosaiti 安城市HP 87年ぶり、安城市で3件目の国史跡指定へ

  

本證寺

〒444-1165  愛知県安城市野寺町野寺26
0566-99-0221

2018年2月11日 (日)

お父さん、お母さんを教えた教師の立場

今日は2月11日。

  

この記事で書いたことを実行しました。

ここでも道草 雪の中を走って帰りました/運動不足解消をめざす(20182月6日投稿)

 

2月5日~9日と自転車通勤を達成。有言実行しました。

そして2月10日にはバスケの大会で審判をしました。

コートを走り回りました。

自転車通勤のおかげでしょう。

  

 

その会場の応援席で、見知らぬ男の子に声をかけられました。

苗字を呼ばれました。

「誰かな?」と尋ねたら、「お母さんに頼まれた」とのこと。

それでも意味がわからずいたら、

その子のお母さんらしき人が現れて、

「先生ですよね」と確かめられました。

何と、20年ぶりくらいの再会。

以前、中学校勤務の時に教えた子、Kさん・・・今は立派なお母さんでした。

35歳。

大会に子どもが出場していて応援に来た模様。

そうなんだ、かつて教えていた子が親になり、

このような大会で出会うのですね。

私だと確認するために、まずは息子に尋ねさせたようです。

笑えました。そんなことを頼まれてやってしまう息子さんが偉い。

知らないおじさんに声をかけるのは勇気がいることでしょう。

 

いろいろ話をして、学級通信「道草」の話をして、

このブログの名前も教えました。

新任から続いている通信「道草」は今も続いていて、

”ブログでも”道草をするから「ここでも道草」

ふと浮かんだ名前ですが、お気に入りです。

見てくれているかな?またコメントをたのむね。

  

 

大会の会場では、もう一人S君にも声をかけられました。

同じく子どもの応援に来ていました。

彼は父親。42歳。

審判をやっているのを見て気がついたようです。

「先生、若いねえ」と冷やかされました。

自転車通勤のおかげで、動けているところが見せられてよかった。

  

 

 

立派なお母さん、お父さんをになった人たちを

かつて教えていた教師。

生きているとこういう立場を味わうのですね。

何か嘘みたいです。

 

 

  

でも初めてではありません。

今の勤務校にもいますよ。

かつての教え子が。

その子は父親です。

※参考:ここでも道草 意外な再会/教え子のお母さんが、孫の授業を見に来ていました(2012年12月4日投稿)

 

なぜ核兵器はなくならないのか?その3/ポツダム会談直前に行われた世界初の核実験

  

今日は2月11日。

  

前投稿に引き続き、1月7日に放映された番組

「ニチファ! 池上彰緊急SP なぜ世界から核兵器はなくならないのか?」より。

  

聞き書きします。

  

ナレーター:この計画を率いていたのは、ロバート・オッペンハイマー博士。

Rimg1921

  科学者・技術者など、総勢12万人が携わっており、

  この中には、後のノーベル賞受賞者が何と21人も。

  そしてこの計画の予算が20億ドル。

  現在の価値にして約2兆円でした。

Rimg1922  

池上彰:この計画、全米各地に分かれて、様々な実験を行っていました。

  こちらをご覧ください。

Rimg1923  

  オッペンハイマーが所長を務めていたのが、ロスアラモス研究所。

  そこでは主に爆弾の設計を行っていたんですね。

  そして、実際に原爆を造るためには、

  このオークリッジでは、ウランの濃縮、

  それが結局、広島に落とされる原爆に繋がっていきます。

  こちらのハンフォードでは、プルトニウムを作る、

  これは長崎に落とされた原爆に繋がっていくというわけですね。

  それぞれを細分化して、それぞれの研究者は、

  いったい何を造ろうとしているのかをわからないようにしていた。

  全体像をつかんでいるのは、このロスアラモス研究所の一握りの

  学者だけであった。それぞれこれが何に繋がるのかわかっていなかった。

  広島に原爆が投下されたニュースを見て、  

  あ、自分たちがやってきた研究がこういうことになったんだ、

  と初めて知った人が多かった、ということなんですね。

   

  こうしてアメリカはドイツに先を越されないようにと、

  国をあげて原爆開発に邁進し、原爆を造ることに成功した、

  ということ、つまり、ヒトラー率いるドイツで

  ウランの核分裂反応を発見したというのが、悲劇の始まりだったのです。

  

  このつづきはどうなったかというと、

  プロジェクトチームに衝撃的な出来事が起きます。

Rimg1924

  

  それはこちら。

Rimg1925

  ドイツの降伏です。

  ドイツが先に原爆を造ったら大変だ、といって一生懸命に造っていたら、

  ドイツが降伏しちゃった。

  もうドイツに対して使えなくなった。

  じゃあ、もう核兵器を使わなくてもいいじゃないか、

  という選択は当然あったんですよ。

  当然この計画を知っていた科学者の中には、

  もうこれ以上は止めるべきだ、と言っていた人もあったんですが、

Rimg1926

  ドイツ降伏から3ヶ月後の1945年の8月6日、

  広島に原子爆弾が投下されてしまった。

Rimg1927_2

  ドイツのために開発されていた原子爆弾が、なぜ日本に投下されたのか。

  その理由がわかりますと、なぜ核兵器がなくならないのかが、

  見えてくるんですね。

  (中略)

  (戦争を早く終わらせるために原爆を落としたというアメリカ側の説明)

  しかい、アメリカの真意は別の場所にあったんではないか、

  と言われています。

  そのことが読み取れるあるエピソードがあります。

  広島に原爆が投下される少し前に時計を戻しましょうか。

Rimg1928  

  1945年7月17日から8月2日にかけて、

  連合国の首脳陣が集まり、ドイツのポツダムで、

  会談が行われました。

  まだ日本は戦争をしていたんですけど、

  日本の占領政策について話し合われていたんですね。

  で、このポツダム会談、7月の始めから始まる予定だったと

  言われているんですが、アメリカのある理由から、

  日程の変更をしたんではないかと言われています。

  それはなぜか。こちら。

Rimg1929

Rimg1930  

ナレーター:これはアメリカで行われた初の核実験の様子をおさめた

  貴重な映像。実験は長崎と同じプルトニウム型の原爆でした。

  その威力はおよそ20kt(キロトン)。

  こうして核の時代が幕開けしたのです。

池上:世界初の核実験が行われた日にちを見てください。

Rimg1931

  トリニティと呼ばれる実験場で(核実験を)やったんですが、

  それがポツダム会談の前日。つまりアメリカはポツダム会談の前に、

  核実験に成功すれば、よその国に対して、とりわけソ連に対して、

  優位に立てると考えたのではないか。

  ポツダム会談中に、アメリカのトルーマン大統領は、

  ソ連のスターリン首相に対してこう言ったそうです。 

  「我々は、とてつもない破壊力を持つ新兵器を手にしました」

  つまり、アメリカはこれだけの力を手に入れたんだぞ、

  というのをソ連に対して、アピールしたかったんではないか、

  ということなんですね。

Rimg1933

  つまり、アメリカとソ連は、連合国として一緒に戦っていたんですが、

  しだいに亀裂が走ってくるわけ。どうもソ連はアメリカとは違う方向に

  行こうとしてるんじゃないか。第2次世界大戦が終わったら、

  アメリカはソ連と対立することになるんじゃないか。

  じゃあ、その前に、アメリカの力をソ連に見せつけておこうと

  考えたんではないか。そして1ヶ月後、実際に広島に原爆を投下した。

  実際に原爆がどれだけ恐ろしい力を持っているのかを、

  ソ連に見せつける、戦後、ソ連を抑えつけようと考えていたのではないか。

   

  ドイツで発見された新しいエネルギーを使って完成した核兵器。

  使わないという選択肢もあったはずなのに、

  アメリカは核兵器という悪魔に誘惑されてしまった。

  核兵器を持つことが大国の証であるという時代になってしまった。  

  だからこそ、核兵器は世界からなくならない、ということになっていると

  いうわけですね。

Rimg1934

ポツダム会談の日程を変更してまで行った世界初の核実験。

これまた初めて知りました。

核兵器が、早くも相手を脅すためのカードになってしまったのです。

それほど強力なのです。 

  

 

「なぜ世界から核兵器はなくならないのか?」

1つ目の理由は「ドイツで世紀の発見がなされたから」でした。

この発見が、原子爆弾を造るきっかけになってしまいました。

ここまでの引用は、この1つ目の理由に関することでしたが、

2つ目の理由はもう顔を出しています。

核兵器が外交のカードになってしまったから」です。

そして3つ目の理由は

核兵器の技術はビジネスになるから」です。

 

全てをブログに書き留めたいのですが、時間的に無理です。

ここまで。

勉強になったいい番組でした。

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