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2017年11月

2017年11月29日 (水)

この本を使って、浮世絵の基礎を勉強

 

今日は11月29日。

11月30本目の投稿。

11月は1日1本の投稿ペースでいきたいと漠然と思っていましたが、

この1本で達成です。11月は30日で終わりですからね。

  

この曲、お薦めです↓


YouTube: 池田綾子 僕達のTomorrow

池田綾子さん、いい歌がたくさんありますね。

この曲は2004年の曲。

今頃、知りました。でも幸運でした。

  

こんな本を読みました。

A1zgxrkdtgl Amazon 

「はじめての浮世絵1 浮世絵って何?どうやってつくるの?」

(深光富士男著/河出書房新社)です。

  

研究授業直前に勉強です。

  

〇「浮世絵の創始者」と言われる絵師は菱川師宣(ひしかわもろのぶ)。

・1670年頃浮世絵スタート。 

・版本から絵を独立させるように、「一枚絵」という画期的な

 鑑賞用の浮世絵版画を誕生させた。

〇浮世絵は、木版手摺りで量産される版本のさし絵、一枚絵のほか、

 絵師が絵筆で描いて、そのまま絵画として仕上げる「肉筆浮世絵」もあり。

・現物1点のみの肉筆浮世絵は、とても高価。

〇浮世絵は最初は墨一色であった。「墨摺絵(すみずりえ)」

〇浮世絵に色がつけられるようになる。1枚1枚に筆で色をぬる。

 「手彩色(てさいしき)」

・手彩色の種類・・・「丹絵(たんえ)」(丹という橙色などを使用)

          「紅絵(べにえ)」(紅花からとれる紅などを使用)

          「漆絵(うるしえ)」(墨部分に光沢を出す技法)

・手彩色・・・1枚ずつぬるので手間がかかり、できにむらがあった。

〇「紅摺絵(べにずりえ)」・・・使う色ごとに色の版(色版/いろはん)を

 彫って、墨摺絵に摺り重ねていく方法。

・浮世絵が誕生して80年近くたった1744年頃に誕生。

・大きな技術革新。でも色は2~3色どまり。

〇「錦絵(にしきえ)」・・・鈴木春信が熟練の彫師、摺師の協力を得て、

 色数を7~8色に増やした浮世絵版画を誕生させた。これが錦絵。

・浮世絵誕生から100年ほど経過。

〇「続絵(つづきえ)」・・・複数枚つなげると1枚の絵に見える浮世絵版画。

・つなげることでわかる浮世絵を創作したのは歌川国芳

 「相馬の古内裏(そうまのふるだいり)」 

02_rgb 美術館探訪 ARTNEWS

  

〇浮世絵版画の値段・・・そば一杯程度の値段 1枚数百円

・ヒット作だと7000枚摺られたという記録あり。

〇「北斎漫画」がヨーロッパに広まったいきさつ

・1856年 「北斎漫画」が陶器を運ぶさいの緩衝材(詰め物)として使用。

・偶然見たパリの版画家フェリックス・ブラックモンは、

 北斎の絵の素晴らしさに衝撃。

・友人の画家、マネやドガらに「北斎漫画」を教えた。

〇1867年の「パリ万博」で浮世絵が多数出品される。

・このころから「ジャポニスム(日本趣味)」がフランスを中心に、

 欧米へと広がり大流行していく。

・浮世絵の構図、表現方法、色使いなどにおいて、外国の画家たちに

 多大な影響を与えた。

 

〇浮世絵の版木に使われるのは、均等に彫れて適度の硬さをもつヤマザクラ

〇絵師が描いた下絵を「版下絵(はんしたえ)」という。

〇彫師は版下絵を版木の上に裏返してはり、最初に墨版(すみはん)を彫る。

 墨版は「主版(おもはん)」とも呼ばれる。

〇墨版を用いて墨摺りが行われる。10数枚程度。

〇墨摺りされたものに、絵師が1枚につき1色ず色を入れたい部分に朱色をぬり、

 色指定をする。これを色さしと言う。

〇色ごとに彫師が色版を彫る。

〇摺師が墨版と色版を使って摺る。最初に墨版が摺られ、色版は薄い色から順に

 摺り重ねられるのが基本。

  

見当(けんとう)を彫っておく

・彫師は、墨版と全色版の同じ位置に「かぎ見当」「引き付け見当」を彫る。

・位置は、版木を横長にしてかぎ見当は右下部、

 引き付け見当は下部の左から長さ3分の1のところ。

・摺るときに、紙をこの2つの見当に合わせると、色ずれしない。

  

〇「ぼかし」・・・濃い色を段差なく少しずつ薄くしていく手法

・水でしめらせた版木の上に絵の具をのせ、

 ブラシや刷毛でゆるやかにのばして摺る。

 

〇彫師の技・・・髪の生えぎわ部分で1mmの間に4本の線を彫る。

喜多川歌麿五人美人愛敬競松葉屋喜瀬川

00078138 Internet museam

ここも参考↓

太田記念美術館 錦絵誕生250年記念 線と色の超絶技巧

 

  

以上です。

特に墨版から墨摺りが行われ、色版が作られる過程は、

今まで見てきた映像や資料では省略されていた過程。

疑問に思っていたことが解決できました。

 

 

最後に、この本にはなかったのですが、

なぜ「浮世絵」なのか調べました。

次のサイトが参考になりました。

くもん 子ども浮世絵ミュージアム

引用します。

  

江戸時代以前、長く戦乱の世が続いていた時代の「うきよ」

といえば「憂世」であった。つまり、浄土(あの世) に対して

憂世(この世)はつらくはかないもので、

移ろいやすい世の中といった意味である。

しかし、徳川幕府が開かれ江戸の地に発展と安定がみえはじめると、

当時ゆとりをもった町人を中心に “浮き浮きと毎日を暮らそう”という

明るい意思が芽生え、「うきよ」は「浮世」という享楽的な言葉に

変化していった。

次第に、「浮世」が当時の世相、風俗、風習、考え方を

肯定的にとらえる当世風・今様という意味をもつようになり、

そのことが画家たちの創作活動にも影響を及ぼしていった。

それまで古くは公家や武士などの富裕層を相手に描いていた

プロの画家たちが、人々の日常生活をとらえた

近世初期風俗画を描くようになり、

それが楽しみを味わう気分を反映した

「浮世絵」へと展開していったのである。

 

簡単に言うと「今を表す絵」なのですね。

研究授業直前に「たゆたえども沈まず」読破

今日は11月29日。

  

10月下旬の腰痛のために延期していた研究授業。

12月1日にやる予定です。

久々、社会科の授業を見てもらいます。

内容は浮世絵。

浮世絵が版画であること。

江戸時代に庶民が好んで見ていたこと。

浮世絵が外国の画家にも大きな影響を及ぼしたこと。

そんなことをつかませたい授業です。

   

研究授業を前に読破できたのが、この本です。

A1ml6lipbflたゆたえども沈まず」(原田マハ著/幻冬舎)です。

  

11月の初めに偶然知ったこの本。

ここでも道草 浮世絵のアンテナにひっかかった情報いろいろ(2017年11月5日投稿)

明治時代に、フランスのパリで浮世絵などの日本の美術を紹介・販売した

美術商の林忠正。その部下である加納重吉。

そして日本の美術に触れて画風を変化させたゴッホと

そのゴッホを支える弟のテオ。

この4人が中心に進む話。

4人のうち加納重吉は原田マハさんの創作人物。

まさに今回の研究授業での内容と一致する話でした。

 

  

一部引用します。

  

モネら印象派の画家たちが、なぜあんなに従来の絵画の手法から

かけ離れた表現を生み出すにいたったのか。

その答えが浮世絵にあるのだ。

極端に対象物に近づいて描く手法。

たとえば」歌川広重の〈名所江戸百景 亀戸梅屋舗〉。

Hiroshige160_main

https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/hiroshige160/

手前に梅の木の枝1本をぐっと近づけて、

他の木々をずっと遠くに点景として描く。

極端な遠近感が、小さな紙の上に無限の奥行きをもたらしている。

たとえ葛飾北斎の〈富嶽三十六景 神奈川沖浪裏〉。

巨壁のようなせり上がった波の彼方に、

巨大なはずの富士山をぽつんと小さく配置する、

あの大胆さ。

浮世絵独特のああいった技法を、はて、

いったいなんと呼ぶかは知らないが、とにかく、

西洋人の目には突拍子もない絵に映ったはずだ。

が、ブルジョアジーはむしろ珍しがってこれを求めた。

そして、新しい表現に飢えていた芸術家たちは、

なんとかして自分たちの創作に取り込もうと

研究と努力を積み重ねたのだ。

浮世絵を紙くずとしかみなしていない日本人たちが、

この現状を知ったら驚くだろう。

パリの金持ちがその紙くずを競って買いあさっていること、

一部の画家たちが浮世絵を自作に活かそうと

やっきになっていることを・・・・。

(195~196p)

  

 

以前にも浮世絵の何が

ヨーロッパの芸術家に影響を与えたか書きました。

たとえばここ↓

ここでも道草 「北斎インパクト」/「竹林の不二」の何がインパクトなのか(2017年11月12日投稿)

今まで私はそこまで子どもたちに伝えてきませんでした。

今回の授業に向けての準備で、

少しは知識を得たので、できたら伝えたいですね。

まだまだ「たゆたえども沈ます」から引用したい文章はありますが、

今朝はここまで。

やらないといけないことが・・・

私にもっと時間をくださいよ!

  

最後に・・・・次のサイトは参考になります↓

アートの定理 美術好き以外に勧めたい「たゆたえども沈まず」の感想(原田マハ作品)

2017年11月28日 (火)

4連休の話/香嵐渓の紅葉を1時間で楽しみました

 

今日は11月28日。

  

久々に星がきれいだと思ったのが、昨日の朝。

ゴミ出しで、午前5時過ぎに外に出たら、

雲一つない夜空に、星がクッキリと輝いていました。

今朝も期待して外に出ましたが、少々雲があって、

昨日のようには感動できませんでした。

  

生活のBGMを変えたくなりました。

池田綾子さんの「星降る森」を聴きたくなり、

昨日、星を見た後に、アマゾンミュージックから

池田綾子さんの曲を7曲、ピックアップして購入しました。

※参考:「星降る森」との出会いはここ→ここでも道草(2017年11月5日投稿)

池田綾子さんに詳しい方から見て、この選曲はどうですか?

この7曲が昨日からの生活のBGMです。

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さて4連休の話。

11月24日(振替休日)に香嵐渓に奥さんと行ってきました。

午後から用事があるので、午前中勝負。

平日の午前中であれば、少しは香嵐渓もすいていると判断。

確かにすいていましたが、日当たりがいまいちでした。

まあ仕方なし。

それでは香嵐渓の写真を載せます。

  

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最後は、この屋台でたいやきを買って帰りました。

ほぼ1時間の香嵐渓でしたが、楽しめました。

だんだん日が当たってきて、それも横からの日光が

効果的に紅葉の美しさを際立たせてくれました。

香積寺の山門付近がベストの紅葉でした。

ミニコンサートをしていたIZANAGIさんについては、

またの機会にどんな人なのか調べたいです。

  

以上です。さあ仕事!今日もいい日にするぞ。

  

2017年11月26日 (日)

4連休の話/なぜ戦争体験を語らなかったのか 4つの理由

  

今日は11月26日。

  

4連休の話。

  

11月24日に、ある小学校の実践発表に参加しました。

6年生の授業を見ました。

  

その学級は、太平洋戦争中に比較的近い地区で起きた

米軍による機銃掃射の学習を進めていました。

この機銃掃射は、以前から私も関心をもっていたものです。

ここでも道草 渥美線電車機銃掃射 現場(2015年6月28日投稿)

その機銃掃射の関係者の方の話を聞いたり、

現場に行ってどんなことが起こったのか説明を受けたりしました。

関係者の証言を集めて証言集を出版している方にも

話を聞いています。

充実した学習内容でした。

  

今回の授業での注目は、証言集を発行した方(Yさん)の話です。

機銃掃射の関係者が、なぜ今まであまり機銃掃射のことを

積極的に発言しなかったのか、

そしてなぜ今発言を始めたのかを、

ゲストテーチャーとして、子どもたちに話してくれた内容です。

Yさんが黒板に掲示した資料の写真です。

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〇今ま機銃掃射のことを発言しなかった理由

1.悲しい出来事

 とにかく悲しい出来事だったので、話をするのも辛い。

2.気の毒で聞けない

 周りの人たちも、当事者に聞けなかった。聞く側にも理由があったのです。

3.戦争で命を失う→戦時下では珍しいことではない。

 珍しいことではなかったので、あえて話すことはなかった。

 「珍しいことではなかった」時代は、やっぱり異常です。

4.戦後。時代が変わった。

 戦後は、過去の戦争のことよりも、これからのことに人々の関心があったため。

 

これらの4つの理由は勉強になりました。

最初の理由くらいは、私たちも浮かびますが、

2~4の理由は、戦後を生きた人たちだから感じてきたことだと思います。

振替休日でしたが、参加した甲斐がありました。  

  

  

  

〇なぜ話そうという気になったかという理由

1.聞いてくれる人出てきた。

 戦争体験を聞くのは当たり前。そう思ってきました。  

 でも違うんですね。

 聞く人が出てきたから、関係者も話す気になったのです。

 なるほどです。

2.今、話しておかないと・・。

 私が体験したことが、私が死んだら消えてしまう。歴史に残らない。

 それは良くなことだという判断なのでしょう。

 大賛成です。証言者だけでなく、

   機銃掃射で命を落とした人たちのためにも、

 話してほしいです。

3.記録することに協力

 これは上の2,3の理由とダブります。

 聞く人が出てきて、それを記録する人、

 Yさんのような人が出てきました。 

 自分が死んだら消えてしまうことを残そうという理由です。 

   

  

Yさんはこの他に、証言者の方たちのいだく戦争への危機感を

代弁してくれました。

 

 

〇戦争への危機感

1.外国との危機感

 たとえば、北朝鮮をめぐる日本の対応を心配しています。

2.自衛隊の増強

3.戦争を知らない世代の増加

 

  

今度、この学級では、

「戦争のない日本は続いていくのか」というテーマで

話し合いが行われるそうです。

充実した学習をしてきた6年生たちが、

どのような発言をするのか見てみたいなあ。

2017年11月25日 (土)

「小さな達成感」「ささやかな幸福感」この積み重ねが大事

今日は11月25日。

  

昨日「海馬」について書きました。

そのついでに、今まで「海馬」関連で

このブログで書いたことを調べました。

読み直すことは、自分には貴重な体験です。

機会があればやってきました。

今回も、読み直してよかったと思う文章がありました。

  

ここでも道草 小さな達成感を連チャンで味わおう(2015年1月17日投稿)

↑ここで引用した糸井重里さんの言葉です。

今一度引用します。

 

  

海馬~脳は疲れない~」(池谷裕二・糸井重里著/新潮文庫)から引用します。  

  

問題をひとつずつ解くこと(中略)

糸井 忙しい時って、解決すべきことが山ほどあるじゃないですか。

   山ほどある問題の中からひとつずつ潰していくから、忙しいと、

   解決していくものごとの数が増えると思うんですよ。

   解決するたびに小さな達成感が、

   連チャンでごほうびとして与えられる。

   もう、じゃんじゃん来いって高揚感がありますよ。

   その逆に、問題を抱えこんで何も解決しないと、

   これはもう泣きますよ。

   「問題を背負うタイプ」の人だと、

   ぜんぶの問題をまとめて背負ってる。

   装重量いくらみたいな感じで、

   まとめて悩んでいたりするんです。

   そういう時の手伝い方って、

   「解決すべき問題を、ひとつずつ紙に書いてみようよ」

   というかたちで、ひとつずつにしていくんです。

   これ、自分でもよくやるんですけどね。

   「ものすごく複雑なんです。もうダメです」

   みたいに言っていたことも、

   10個ぐらいの個別の問題を順に解けばいいだけなんですよね。

   いっぺんに解決しようとしたら、手もつけられない。

   それが1個ずつだと、ひとつずつ解決のよろこびが

   プレゼントされていくんですよね。

    (中略)

   「まず、やってみろよ」っていうことって、

   ほんとうに大事。(285~286p)

  

   

11月23日からの4連休。

いろいろやってきましたが、まだやるべき事多し。

でも焦らずに、糸井さんの考え方で、あと1日を過ごそうと思います。

やるべき事を10個に細分し、

一つ一つ解決していこうと思います。

とにかく動く。やってみよう。

  

   

昨日の記事で和田秀樹さんの文章も読み直しました。

特に次の文章を読み直して、得した気分になりました。

  

ここでも道草 「脳さえ元気なら人生なんでもできる」1.「書棚を整理」「ちょっとした幸せ」(2015年1月2日投稿)

↑ここに書いた文章です。

脳さえ元気なら人生なんでもできる」(和田秀樹著/新講社)からの

引用です。  

  

ちょっとした「幸せ探し」

(中略)

お酒の好きな人は、美味しい料理で美味しいお酒を飲んでいるだけで

幸せな気持ちになります。

ささやかな幸福感です。

肉を食べて幸せな気持ちになる。

青空の下にいると幸せな気持ちになる。

すべて、ささやかな幸福感です。

そのかわり、いつでも手に入れることのできる幸福感です。

この幸福感を大切にしてください。

ささやかな幸福感ですから、探せば身近なところにほかにも見つかるはずです。

朝の一杯のコーヒー、早めに帰宅したときに観る映画のDVD,早朝のドライブ、

愛犬と一緒の散歩、温めのお風呂にゆっくり入ること・・・・・・

とにかくたくさんの幸福感を見つけ出した人の勝ちです。

どんなにささやかでも、幸福感はこころを満たしてくれます。

脳にも心地よい安息を与えてくれます。

それによってわたしたちは、人生に意欲を持つことができます。

いくつになっても意欲を失わない人は、ふだんの生活の中にこの

「ちょっと幸せな時間」をたくさん持っている人なのです。(104~105p)

  

  

糸井さんと話と合体して考えたいです。

明日、やるべき事を10個に細分して取り組みます。

一つ一つやり遂げた時には、ホッとして喜びたいです。

ここでも「ささやかな幸福感」「小さな達成感」を味わいたいです。

その積み重ね。

きっと心にもいい。

 

   

今晩は、学芸会の映像を編集して

DVDにダビングする仕事をしていました。

ムービーメーカーに替わる映像編集ソフトを探していましたが、

「ただいま東部営業所」さんに勧められたソフトにしました。

Adobe Premiere Elements 2018を購入しました。

教員だと安く買えるのがありがたい。

教員であることを利用させてもらって入手。

なかなか快適です。

キリがついたら寝よう。

2017年11月24日 (金)

校長先生の通信より3/海馬を鍛える方法

 

今日は11月24日。

 

ずっと海馬は気になっている脳の部位です。

このブログでも、海馬についてはいろいろ書いてきました。

校長先生の通信にも海馬が登場。

転載します。

20130101_00000025

海馬を鍛える5つの方法のうち

まずは「速読」に注目。

音読をするとセロトニンが分泌する!

音読の快感は、今までに十分実感していましたが、

セロトニンが分泌されていたのですね。

やっぱり音読は大事です。

黙読も速読も脳にはいい。

  

  

なるべくテレビを見ない」は厄介。

テレビは自分にとっては必需品。

受け身でない見方を心がけたい。

ブログのネタにしてやる!という見方は、

自分としては受け身でなく積極的に見ていることになり、

脳には刺激を与えていると思う。

テレビを「本当にそうかあ」と批判的に見るのがいいと

和田秀樹さん。※参考ここでも道草 「『がまん』するから老化する」からたっぷり引用(2011年4月10日投稿)

  

  

気になる異性と接する

毎週木曜日に、沢口靖子さん主演の

ドラマ「科捜研の女」を見るのは、

きっと脳にはいい影響を与えていると思う。

この説は、和田秀樹さんの本でよく見かけた説。

  

 

ジョギング

11月は自転車通勤が順調。

11月9日に久々の自転車通勤を復活させてから、8回達成。

以前は毎10回の自転車通勤を目標にしていました。

1年ぶりくらいに達成できそうです。

これもきっと脳に役立つ。

  

   

海馬。これからもブログに登場するぞ、きっと。

2017年11月23日 (木)

現役の浮世絵彫師さんのお話/4万円で版木が借りることができる

 

今日は11月23日。

  

浮世絵のことがマイブームになっています。

今回も浮世絵ネタです。

 

現役の彫師の話です。

進路のミカタ 【シゴトを知ろう】木版画 彫師 編

 

東京・新宿区にある「匠木版画工房 ふれあい館」で

浮世絵木版画の彫師として活躍しながら、

浮世絵の普及活動も行っている朝香元晴さんが紹介されていました。

朝香さんは仕事の内容を次のように紹介しています。

  

Q1. 仕事概要を教えてください

私の仕事は、江戸時代からの伝統を受け継ぐ浮世絵木版画の彫師(ほりし)です。

浮世絵木版画とは、浮世絵師が描いたデザインを木版に彫った作品のこと。

まず木版とは、木の板に絵や文字を彫って作られたものや、

それをもとに摺られた印刷物のことを指します。

浮世絵版画をはじめとした伝統木版画は、

「板目木版」と呼ばれる木版を用いて制作されます。

私は16歳の時から50年間、鈴木春信、鳥居清長、喜多川歌麿、葛飾北斎、

歌川広重、歌川国芳などの浮世絵木版画の復刻を中心に、

雪舟等楊、長谷川等伯などの国宝や日本画、現代作家の作品の復刻も手掛けています。

具体的には、原画やオリジナルの木版画を忠実に、寸分たがわずに、

彫りの技術によって復刻することが私の使命となります。

難度の高い国宝の復刻や、

美人画の髪の毛の生え際(1mmに、3本~4本の繊細な線を残す)の

彫りなどをしています。

また、私は木版画の彫りだけでなく、絵具を広げて和紙に摺(す)りこみ、

色を重ねて作品を仕上げる「摺り」も20年前より行っております。

  

 

今でもこういう人がいるんですね。

「1mmに、3~4本の繊細な線」は尋常ではないです。

次の番外編の参考になります。

進路のミカタ 【シゴトを知ろう】木版画 彫師 〜番外編〜

  

引用します。

  

――浮世絵木版画の彫師になるためには、

絵を描くための「デッサン力」なども必要になるのでしょうか。

浮世絵木版画の彫師に求められる能力などがありましたら教えてください。

木版画の彫りは、全て小刀で髪の毛を彫り上げる「毛割」をはじめ、

忍耐力や細かさが求められる技術です。

そのため、彫師になるには繊細な神経を持ち、根気よく、

目標に向かってあきらめない精神を持っていることが最も重要です。

よって、絵を描くためのデッサン力などは

そんなに必要ではないと考えています。

木版とじっくり向き合うことのできる精神力が必要なのです。

  

なるほどです。

このサイトは、次の文章で終わっています。

 

朝香さんが手がける浮世絵木版画は、

とても繊細な作業が繰り返し、繰り返し続く、

何よりも根気と集中力が必要な仕事です。

朝香さんの仕事の様子、また実際に手掛けてきた作品は、

「匠木版画工房 ふれあい館」のWebサイトからも見ることができますので、

浮世絵木版画に興味を持った人は、

ぜひ彫師の仕事への興味を深めてみてくださいね。

日本の伝統を伝える、職人の奥深い世界に触れることができるはずですよ!

  

さっそく見に行きました。

匠木版画工房 ふれあい館 朝香元晴

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この工房に行ったら、本当の版木を見せてもらいながら、

浮世絵のことを教えてもらうことができそうです。

でも東京都新宿区でした。

またいつか行こう。

その時には、この記事が役立つかな?

   

  

 

調べていて、こんなサイトを見つけました。

公益財団法人 アダチ伝統木版画技術保存財団

この団体も、浮世絵の勉強にはありがたい存在になりそうです。

何と、ここでは版木の貸し出しがあります。

貸出・情報提供

Photo_14

 

すごい!

でも、でもですね。

料金が高い。

kashidashigaiyou.pdfをダウンロード

kashidashiryoukinhyou.pdfをダウンロード

5万円。

教育関係だと80%になるそうですが、それでも4万円。

う~ん。

 

このような団体があることを知ったのは重要。

でもこの団体も、所在地は東京都新宿区。

地元にもきっと浮世絵関係者はきっといるはず。

探したい。

  

  

  

  

浮世絵の木版画の技術を持っている人たちが現代にいて、

その技術を未来に継承しようとしている人たちがいることを知りました。

少しずつ知らなかった浮世絵の世界が見えてきつつある日々です。

実写版「そば清」が放映されました

 

今日は11月23日。

  

うれしいことに、「超入門!落語 THE MOVIE」で

そば清(せい)」をやってくれました。

実写で「うわばみ」「そばが羽織を着ている」をどう描くか楽しみでした。

「そば清」については、以前書きました。

ここでも道草 「そば清」は怖いお話(2014年2月2日投稿)

落語でお気に入りの話の一つだったので、

放映がうれしかったあ。

11月16日の放映でした。

「うわばみ」はCGで表現していました。

衝撃のラスト「そばが羽織を着ている」は、

実際に見てください。

上記の投稿で紹介した「落語絵本 そば清」(クレヨンハウス)のラストは

衝撃の絵でしたが、今回の方がおだやかでした。

 

もし再放送をやったら、ぜひ録画しておくといいです。

授業でも使えます。

  

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今ならここで見ることができます↓

http://www.dailymotion.com/video/x69iojk

  

  

11月30日放映の

「超入門!落語 THE MOVIE」の落語は「木乃伊取り」

「木乃伊」をどう読むと思いますか?

 

  

実は「ミイラ」と読みます。

なぜ?

わかりません。

次のサイトが参考になるかな。

漢字文化資料館 漢字Q&A

通算5500本目の投稿/二川宿本陣資料館その4/「東海道五十三次 吉田 豊川橋」(安藤広重 作)

  

今日は11月23日。

  

前投稿の続き。

  

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文章工房すばる 広重東海道五十三次一覧(周遊の入口)

安藤広重の浮世絵「東海道五十三次」の中の「吉田 豊川橋」です。

  

二川宿本陣資料館で、疑似摺り体験器具を貸してもらいました。

これは「吉田 豊川橋」編です。

 

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黒色刷り

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青色刷り

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赤色刷り

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これを摺り重ねていくと・・・

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摺ってみて、黒→青→赤の順番ではなくて、

黒が一番最後かなと思いました。

  

シャチハタのインクを使った疑似摺り体験ですが、

なかなかうまく摺れなくて、上の作品を作るまでに、

10回ぐらい試しました。

疑似摺り体験ではありますが、

繰り返して摺ることで、摺師のたいへんさが少しわかる気がしました。

今度授業で、子どもたちにもこの体験をさせる予定です。

  

  

以上で、11月11日の報告終了。

二川宿本陣資料館その3/千両箱の重さ

今日は11月23日。

  

前投稿の続き。

 

こんな体験コーナーがありました。

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慶長小判の入っていると想定した千両箱と、

万延小判が入っていると想定した千両箱との

重さ比べ。

実際に持ってみると、慶長小判の千両箱は重く、

万延小判の千両箱はあっけなく軽かったです。

具体的にどれくらいの重さなのでしょう?

  

Yahoo!知恵袋の回答が参考になりました。

引用します。

  

小判にも色々ありまして、初期の慶長小判は18グラム弱、

時代が後になるほど軽くなっていき、天保小判は11.24グラム、

最後の万延小判にいたっては3・3グラムしかないという代物でした。

江戸の中期までの小判は大体18グラム弱のものが多かったので、

この時代なら千両で18キロ弱、

そしてそれを入れるのに耐えうる木製千両箱の重量を加えると

25キロは軽くあるとおもわれます。

江戸後期の小判は大体約13グラムから約11グラムの物が多く、

これだと箱込みで20キロ前後の重さだと思われます。

万延小判だと箱込みでも10キロないです。(後略)

inakanokenshiさん

  

25kgと10kg弱。全然違います。

実際に持った時も全然違いました。

 

「万延(まんえん)」という年号について。

この年号だったのは、

西暦でいうと1860年4月8日~1861年3月29日。

「安政」の後で、「文久」の前。

桜田門外の変(1860年3月24日)の直後の改元でした。

1年にも満たない短い年号でした。

  

「万延」をどこかで見たぞと思っていたら、

大江健三郎さんの小説「万延元年のフットボール」がありました。

読んだことはないけど、小説名は見たことがありました。

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