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2014年9月14日 (日)

9月6日 キミヤーズ塾の報告3.困ったときは具体物/役割分担代わり番子

  

今日は9月14日。

  

前投稿にひきつづき、9月6日のキミヤーズ塾の報告をします。

〇困った時には、具体物(KTG)  レジメより↓

・抽象的だったり、難しい内容だったり、伝えにくい時には、とにかく無理やりでも、

 具体物化する。(こじつけでもいい)

・具体物(教具・モデル)を実際に探しに行ったり、自分の手で作ってみると、見通しがつく。

・頭で考えているだでではダメで、手を動かして、試行錯誤し、形にすることが重要。

 まだまだ実践が少ないので、上記のことは十分実感できません。でも心がけていけば、

 きっと「なるほど」と思えることでしょう。

  

〇個別課題・一斉学習の両立/つながるための極意は役割分担・代わり番子

 レジメより↓

・一つの課題何人かで役割分担する。

・同じ課題内容である必要はない・・・・個別課題。

・間接指示で、コミュニケーションをうながす。

・対人関係の中で役割を果たすから、自己有能感を味わえる。

 「オレも役に立っている」

・「発達の最近接領域」という考え=つながり

 「対人関係の中で役割を果たすから、自己有能感を味わえる。」特にこれだと思いました。

 間接指示については村上先生から説明がありました。

 教師が直接その子(Aさん)に言わないで、

 他の子(Bさん)に「Aさんに、・・・言ってよ」と頼むことです。

 頼んでいる時にもAさんに聞こえるけど、Bさんに言われることで2回聞くことになります。

 友だちに言われるのは説得力があります。(これは”学び合い”もそうだったよな)

 ちょっとでも繋がったら、子どもは発達します。そのような説明をしてくれました。

  

他者とのかかわり合いの中でできたことは、本当の力になる。

自分一人でできたことは、社会に出た時にあまり役立たない。

  

う~ん、このようなことを村上先生は言われたと思います。

プリント学習では味わえないこと。

みんなと役割分担・代わり番子で学習することで、かかわり合いが生まれ、

将来役に立つ学習ができる・・・・・と言うことですよね。

勤務校の研究の柱は「対話」 重なりますよ。

   

   

  

神戸大学の赤木和重先生のお話。

 

小さい子が、おもちゃが思うようにならなくて、放り投げた。

お母さんが話しかける。「いやになっちゃったんだね」

子ども「うん」

お母さん「でも、投げたらいかんよね」

子ども「うん」  

   

こういうやりとりが子どもの心の中でできれば、

放り投げるようなことにはならないわけです(自己コントロール)。

こういう他者との対話をして、それが自己内での対話になり、

自己コントロールになっていきます。

発達障害の子どもたちはここが苦手だと、小嶋悠紀先生も言われていました。

赤木先生は、他人とおしゃべりしてできる→

自己内でできるというのはヴィゴツキーの考えだと教えてくれました。

  

ヴィゴツキー・・・・名前しか知らない。

村上先生の言う「発達の最近接領域」もよくわからない。

そんな自分が、ちょっとわかったような気にさせてくれた文章をここに引用します。

  

※Yahoo!知恵袋の回答です。

Yahoo!知恵袋 ピアジェ とヴィゴツキーの学習観の違いってわかりますか? 構成主義、社会主義な...

  

このような質問をする人がいるんだと思いましたが、

長文で回答している人がいるのがまたいい。

おかげで自分も勉強になりました。

  

(前略)一方、ヴィゴツキーの学習論は、発達を後追いするものではありません。

ヴィゴツキーは、教育を「発達の後追いをするもの」として考えたのではなく、

むしろ教育が発達を先回りすることができると考えたのです。

そのため「発達」という概念は、ヴィゴツキーの学習論におけるキイ概念です。

ヴィゴツキーによれば、個人の発達は社会的に共有された認知過程を

「内部化(internalization)」することによって可能になります。

例えば言語で概念を形成するというのは、人間の精神の内部で実行されています。

しかし、言語や概念を造り上げたのは、社会や集団の相互作用です。

人間社会に接しなければ、チンパンジーに育てられた人間の子どもと同じく、

言語でコミュニケートすることはできないでしょう。

ですから、今我々の精神の内部にあるように思える言語や概念も、

もともとは精神の外部にあったということになります。

厳密な表現を犠牲にして単純化して言えば、ヴィゴツキーの言う内部化とは、

精神の外部にあったものを内部に取り込むことを指します。

ヴィゴツキーが提唱した最も重要な概念の一つである「発達の最近接領域」は、

この内部化の概念を前提としています。

ヴィゴツキーは、子どもが独力で解決することのできる問題と、

教師の指導や仲間の援助を受けることで解決できるようになる問題に着目します。

前者の問題にどれくらい太刀打ちできたのかを評価してみると、

今現在の子どもの生身の「実力」を知ることができます。

この実力のことをヴィゴツキーは「現下の発達水準」と呼びました。

現下の発達水準が指し示すのは、

昨日までの学習によって子どもの中で成熟している精神機能の度合いです。

一方、後者の問題にどれくらい太刀打ちできたのかを評価すると、

今度はその子どもが

「今指導や援助を受けることでどの程度実力を高めることができるのか」を知ることができます

自分一人の現段階の実力ではできないことでも、

人の手を借りればできるようになることがあります。

それが行く行くは将来における子ども自身の「現下の発達水準」になる可能性があるのです。

そして今現段階における「現下の発達水準」と、

近い将来新たな「現下の発達水準」となり得る未定の発達水準との間の境界のことを、

「発達の最近接領域」と呼びます。

この概念が意味するのは、

今はまだ完全には成熟していないが成熟の途上にある機能が存在するということです。

ヴィゴツキーの学習論に倣うなら、この成熟の途上にある機能を育て上げることが、

教育の役目だということになります。

彼の学習論は、今現段階で「伸ばすべき能力」、「伸ばせば伸びるであろう能力」を

特定できるという点で、教育的に有用であると言えるでしょう。

  

  

さらにここも勉強になりました。

☬Veritas 心理教育相談室 ヴィゴツキーの「発達の最近接領域」について

  

  

以上で9月6日のキミヤーズ塾の報告を終わります。

今回は指示棒になる(実際、先週教室で使用)おもちゃ2本、

そして村上先生がデザインをしてプリントまでしてくれたTシャツを

プレゼントしていただきました。

教育の技術だけでなく、こんな実物をプレゼントされる講座は他にはありません。

楽しい思い出になります。

  

会場はこんな場所でした。休憩時に撮影。

Rimg4583

  

   

講座の中で、近くの席の人2人とよく話をしました。

京都の人でした。

京都の特別支援学級では、なんと机の天板が通常の2倍でした。

確かにそう思って見ると、村上先生の授業映像中の机もそうでした。

愛知では違うと言ったら、驚かれました。

京都では当たり前のことのようです。

当たり前でない愛知ですが、天板を2倍にしたいです。

2人には、このブログのことも知らせました。来てくれましたか?happy01

  

  

次の投稿で、キミヤーズ塾に行く前に寄った

大津市の琵琶湖疏水の長等山トンネルの第一竪坑(シャフト)のことを書きます。

その前に学校へ行ってきます。

「今いるところ表」を作って掲示してきます。

  

  

 

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